遭遇する二人
クレアは螺旋階段を上って、二階の表廊下に逃げた。貴族やマフィアの建物、特に古いものには二つの廊下がある。一つは館の主や客人、構成員が通るための、表向きの廊下だ。もう一つは、使用人や密命を受けた者のための裏向きの廊下だ。
ガナッシュを撒くために、クレアは手近な部屋へ飛び込んだ。そこは数多ある客室の一つで、本部で催し物でもない限り使われない場所だ。

しかし、予想に反してその客室は、仮の主たる客人によって使われていた。少年というべき年頃の男の子が一人、ソファに踏ん反り返って座っている。短い黒髪に派手な色彩のエクステ、割れた眉。見る者を威圧する紅の双眸は、まるで獰猛な獣のようだ。その相貌を見た瞬間、クレアは息を忘れるほどの衝撃を受けた。少年は見紛うほどに似ていた。遠く昔、ジョットより後に喪った愛する人に。

「兄様……?」

二代目ボンゴレボス。ジョットの弟でクレアの兄だった人。ジョットの次に愛している、大切な人。彼はその人生を費やして、ボンゴレを世界規模の大きな犯罪組織にした。そして、ジョットよりも長生きして、皺だらけの老人になって死んだ。優しい人だった。強く、そして弱い人だった。寡黙で、不器用で。理解されにくく、愛されにくい人だった。

「兄様、だと?」

彼に生き写しの少年が、訝しげに眉を顰める。過去の幻影を見ていたクレアは、彼の声に呼び覚まされた。

「……いいえ、違うわね」

彼に聞こえないよう、小さく否定の言葉をつぶやく。現実に立ち返って、クレアは頭を振って錯覚を消し去った。二代目は既にこの世に居ないのだから、こうして会えるはずがない。懐かしい本部の風景、その中に彼に似た子供が居たから見間違えただけだ。

「……テメェ、誰だ?」

低く唸り声のような誰何を受けて、クレアは顔を顰めた。

「人に名前を尋ねる前に、自分から名乗りなさい。それが礼儀よ」
「ハッ、ドカスの分際で何をいってやがる。かっ消されてぇのか」

少年は極悪面で、威圧的な悪態を吐いた。しかし、クレアが過去に遭遇した猛者に比べればかわいいものだ。近付いてくる青年を、クレアは毅然と立って見上げた。少しも怯まないその態度を見て、少年の口角が上機嫌につり上がる。

「少しは度胸があるようだな」
「……貴方は怖くないわ」
「ハッ、んなこと言うガキは手前ぐらいだ」

ガッと首根っこを掴まれたと思うと、クレアの体は宙を舞っていた。衝撃に備えて身を固くするも、ソファの柔らかいクッションに迎えられる。ぴょこりと上半身を起こして、クレアは少年を見た。どうしていきなり投げたりするのか、問い詰めてやろうと思ったのだ。
しかし、彼は不思議そうな顔で自分の手を見つめており、問いは喉に留まってしまう。どうしたのかと見守っていると、彼は壁際に控える執事を振り返った。

「おい」
「はっ、はい!」

弾かれたように返事した執事の頭には、何故かガラスの破片が付いている。髪の毛も少し濡れているらしく、部分的に色が濃く見えた。

「肉持ってこい」
「し、しかし、会食はもうすぐ始まるかと……」
「俺のじゃねぇ。このガキのだ」
「かしこまりました」

このガキと示されて、クレアは眉を寄せた。しかし、少年は特に気にした風もなく、相対するようにソファに座り直す。

「俺はザンザスだ。テメェは」
「私はクレア、『箱』の役目を持つボンゴレの『姫』よ」

『姫』と聞いて、ザンザスは目を見開いた。それがどんな存在かは、九代目から聞いている。彼女は初代の意志を知る唯一の人物であり、後継者を選定する役割を持つ。そして、その存在無くして継承式を執り行うことはできない。九代目が高齢にもなっても後継者が決まっていないのは、彼女が居なかったからだ。ボスが勝手に後継者を決めても、彼女が認めなければ無効となる。

「待っていた。手前が生まれるのをな」
「……?」
「これで、俺は十代目になることが出来る」

『姫』がボンゴレに現れた。その知らせは、ボスの血族に瞬く間に広がるだろう。朝を告げるラッパの代わりに、跡目争いの開幕を告げるものとして。

「手前の顕現を、歓迎しよう」
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