テレビ出演
現状を変える手段。それはテレビに映ることだと、クレアは考えた。不特定多数に見られるものの、自らの存在を確実にボンゴレへ伝えられるからだ。九代目の継承式に出席した者は、クレアの容貌を知っている。そして、千里眼で見た限り、日本には出席者が少なからず住んでいた。彼らがテレビ欄の見出しをチェックしていたら、必ず番組に気づく。そして、九代目に知らせが行けば、そう遠くない未来に迎えが来るだろう。

「そうしたら、お別れね、凪」

泣きながら眠る妹の髪を撫で、クレアはぽつりと呟いた。姉が居なくなったら、きっと凪は泣くだろう。母のみならず姉までも、自分を愛してくれなかったと。それでも、クレアはボンゴレの迎えが来るよう願っている。己が身と引き換えに、母に仕事を与えるよう要請するために。

「大丈夫。私が居なくなったら、母はきっと落ち着くわ」

仕事が安定してくれば、母はきっと凪に辛く当たらない。優しくはならなくとも、怒鳴ったり手を振り払ったりしなければそれで十分だ。夫婦仲を壊した不可解な存在が消えれば、再婚だって有り得る。それが吉と出るかは分からないが、現状よりマシなのは確かだ。



「それでは、前世の記憶をもつ子を紹介するコーナーに移ります!」

付けっ放しにしていたテレビから、待ち望んだ言葉が聞こえる。クレアは洗濯物を畳む手を止めて、テレビに向き直った。

「今回登場するのは、なんと前世はイタリアの貴族だったという女の子です。その唇から語られる数奇な人生は、嘘や出任せとは思えません!」

司会者の合図に合わせて、母に伴われた自らがテレビに映る。自らの娘の異常さに気付いた経緯を話す母は、カメラを前に興奮を隠しきれないようだ。DNA鑑定書や録音した音声が流れ、雛壇に並ぶ芸能人が驚いた表情になる。イタリア系ハーフ芸能人が出てきて、ヴェネチア訛りのイタリア語で話しかけてきた。

「私の名前はアンジェリカ。あなたの名前は?」
「クレアよ。あなたはヴェネチア生まれだから、ルッカの修道女ではないのね」

プッチーニのオペラを踏まえた言葉に、アンジェリカは反応し損ねた。その映像を見て、クレアは撮影時に、若い子はオペラを知らないのかと落胆したのを思い出した。仕方なく、プッチーニのオペラについてイタリア語で説明する。その作者の家族まで説明したところは、ばっさりカットされていた。
遣り取りを翻訳したフリップが出て、芸能人たちが目を白黒させる。アイドルの一人が、飛び交うイタリア語を掻き分けるように日本語で問いかけてきた。

「なんでヴェネチア生まれってわかったの?」
「出身は発音に出るもの。でも私はフィレンツェ育ちだから、わからないかも」
「えっ、何でわからないんですか?」
「トスカーナ方言は、四百年以上前からイタリア語の公的発音だもの」

公的発音であるため、後から勉強したと言われれば否定できない。ただ、付け焼刃で出来るレベルの遣り取りでないのは明らかだったため、疑問視する人は居ない。次は前世の記憶を話すよう言われて、クレアは望まれるままに全てを話した。
イタリア貴族の娘。愛する兄達は農場の自警団を結成し、独立戦争に身を投じたこと。そして、兄の一人は日本へと渡り、もう一人はイタリアの闇に沈んだこと。
放送コードに引っかかりそうな所はことごとくカットされている。ただし、視聴者を驚かせるためだろう、次兄がマフィアになった事は放送された。

「記憶の最期は、死んだ時。燃える火の向こうに、家宝の指輪をつけた兄を見たわ」
「火の向こう?」
「ええ。生きたまま焼かれて、私は死んだの」

肺が焼け付く息苦しさと、体が燃える痛み。その凄惨極まる最期を、テレビの中で小さな子供が主観的に語る。

「きっと兄は、私が父から受け継いだ領地がほしかったんだわ」

テレビの中で、少し前の自分が嘘をつく。そう言わなければ説明にならないため、少しだけ虚構を混ぜたのだ。そこに至った本当の理由は、思い描く未来が違ったことだ。二代目はボンゴレリングを欲したが、領地や妹の命は望んではいなかった。クレアを殺したのは、リングを得て自らの権力を正当化するためだ。領地を引き継いだのは血縁上ごく自然な、ただの結果に過ぎない。

「そんな惨い記憶を、生まれたときから持っているの?かわいそう」

転生だなんて少しも信じていない芸能人の女が、同情するそぶりを見せる。クレアはイタリア語でこっそりと『うそつき』とつぶやき、笑った。

「今でも、当時のことを夢に見る。でも、悪夢だなんて思ったことはないわ」
「どうして?」
「辛いことと同じくらい、幸せなこともあったから」

幼い子供の言葉とは思えないくらい、深くて重い台詞だ。そんな言葉を返されると思ってなかったのだろう、女優は困り顔になった。

「前世の私は幸せだった。貧しいときも、戦場を駆けたときも、死ぬときでさえ最愛の家族が傍にいたのだもの」

それ以上の幸せなんて、昔も今も在りはしないわ。物欲に塗れた現代人には、難しい話だったかしら。饒舌なイタリア語でそう締めくくり、テレビの中のクレアはにっこりと笑った。その顔には、話し終えたから切り上げてほしいと書かれていた。



それから数か月後、最愛の妹との時間も終わりを迎えた。黒曜ランドへ遊びに行った日、クレアは飲み物を買うために凪の傍を離れた。そして、彼女の元へ戻ったとき、そこには黒い服を着た外国人の男がいた。男は凪と二言三言話すと、家族連れの群れの中へ消えていった。植え込みの影から出方を窺っていたクレアは、凪の無事に胸を撫で下ろした。

「そう、……もう、その時なのね」

その男はマフィアだった。服装もさることながら、気配が堅気ではなかった。おそらくはボンゴレの構成員、それも嵐か雷辺りの部下だろう。行動の速い彼らならば、今日中にも迎えが来るに違いない。そう判断したクレアは、一頻り遊んだあと、凪の手をひいて家に帰った。
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