雷の哀訴
ザンザスは兄弟だからと言って仲良くするタマではない。

そもそも、あからさまに考えている素振りをした癖に、白々しすぎる。
しれっと嘘を言ってのけた少年に、ガナッシュの米神は青筋を浮かべた。

「うわ、アリエネェ。今なんて?」
「かっ消す」

ザンザスは空になった皿を机に置いて、憤怒の炎をその手に宿した。
しかし、くいくいと袖を引っ張られて止む無く、それを消し去る。

「何だ」
「ケーキ、すごく美味しそう」
「おい、それ寄越せ」
「何様だよ。あのな、『姫』。これ食べたら、十代目候補と会ってほしいんだけど」

目線を合わせながらそう頼むと、クレアは少し嫌がるそぶりを見せた。
そして、どう返事したのか困ったらしく、ザンザスを見上げた。

「会うも何も、あいつらも会場もボロボロだろうが」
「何したんだよ……」

聞かずとも予想はつく。気に障るようなことを言われたか何かで暴れたのだ。
ガナッシュは額を抑えて、がくっと肩を落とした。

「どのみち、九代目のところには戻ってくれないと困る」
「どうしても戻らないと、だめなの」
「だめ」

クレアを連れて戻らないと、ガナッシュは嵐に説教される。
それが嫌で即答すると、彼女はひどく傷ついた顔で俯いた。

ザンザスの袖を掴む手に、ぐっと力が籠る。
まるで、離れたくないと訴えかけるように。

その意図を正確に理解し、ザンザスは皿とフォークを机の上に置いた。

「……おい、クソジジイに伝えろ。コイツは俺が預かる」
「は?」

ガナッシュは虚を突かれてぽかんとした。
さらにありえない事態を招きかねない、不穏な発言を聞いたような気がする。

呆然とするガナッシュの前を、クレアを抱えたザンザスが横切る。
通り過ぎる瞬間にケーキを掻っ攫い、振り返ることなく部屋を出ていく。

ばたんと扉の閉まる音がして、ガナッシュは漸く我に返った。
慌てて廊下に飛び出すも、時すでに遅く、二人の姿は影も形もない。

「『姫』が拉致られたぁああ!」



脱兎のごとく九代目のもとへ帰り、ガナッシュは事の仔細を説明した。

クレアがザンザスと出合い、何やら仲良くなったこと。
そして、彼女はザンザスの拠点とする第二邸へ連れていかれたこと。

「九代目、俺には無理です。あんな何考えてんのかわかんねー子供の世話なんて」
「見苦しいぞ、ガナッシュ」

べそべそと泣くオッサンの顔面に、コヨーテはハンカチを押し付けた。
見苦しさ半分、憐れみ半分、目元をゴシゴシと容赦なく擦る。

「いてぇ!ひでぇえよコヨーテ!」
「馬鹿が。見す見す奪われるとは情けない」
「だって、有り得ないだろ!あのザンザスだぞ?」

一睨みで泣く子どころか大人も黙らせる、冷酷無慈悲な暴君。
彼が膝に子供を乗せる姿なんて、いったい誰が想像できるだろう。

あまつ手ずから食事をさせていたとなれば、もはや天変クラスの異常事態だ。

「しかし、困ったことになりましたね、九代目」
「うむ……」

第二邸はさほど遠くない場所にあり、行くこと自体は大したことではない。
問題はザンザスだ。彼は少年ながらマフィアの男らしく、目的のためならば手段を選ばない。

十代目の座を手に入れるために『姫』を攫ったのならば、そう簡単に返してはくれないだろう。
普段の反抗的な態度を見れば、九代目の言を聞き入れるとも思えない。

「酷い目に遭ってなければよいんじゃが」

ザンザスは今頃、後継者の選定を急がせているだろう。

しかし、彼女は極めて頑固で、初代以外の意向に耳を貸したりしない。
今はその時期でないと判断したら、それまでだ。

もし、うまくいかない苛立ちからザンザスが暴力に出たら。
彼女の体は幼く、些細な攻撃でも簡単に壊れてしまうだろう。

「ニー、車を用意してくれ」
「畏まりました」

晴れの守護者、ニー・ブラウは指名に喜び、喜々として部屋を出る。
扉が閉まったのを確認し、コヨーテは九代目に向き直った。

「いい機会だ。九代目、一つ聞いてもいいか」
「なんじゃ、改まって」
「俺にはあなたの決断にケチをつけるつもりはない。だが、本心を聞かせてほしい」

嵐の守護者としてではなく、コヨーテは五十年来の友人として願った。

「『姫』を娘として迎えることに、躊躇いはないか」
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