本当の本当に
ザンザスが去ってから、クレアは千里眼で彼を追いかけた。
会食の場での遣り取りも、その後の騒動も全部見ていた。

彼がどうして、あんなふうに暴れたのかはわからない。
しかし、面倒な会食の場を壊してくれたのはありがたかった。

「いったい何を考えたのかしら、ノーノ」

会食の場など不要なのだ。クレアには、遠くから候補を精査する目があるのだから。
正式に面会などしたら、彼らは『姫』を篭絡しようとするだろう。

彼らに構ってやれるほど、クレアは暇ではない。
そう、暇ではない。現世に留まれる時間は、もう残り少ないのだから。

ザンザスが戻ってくる。彼には聞かなければいけないことがある。
その答え次第で、彼との関係も変わってくるだろう。



「あなたは九代目の息子なのね」
「ああ。テメェと同じだ」
「……私は養女なの。この体に、ボスの血は流れていないわ」
「それがどうした」

淡々と切り捨てられ、クレアは目を瞬かせた。
これを告げたら、まず間違いなく偽物と疑われるだろうと思っていた。

しかし、ザンザスは真意を理解したうえでばっさり切り捨てた。

「驚かないの」
「可能性の一つだ。別に、ボスの血統でなければいけないわけじゃない」
「それは、そうだけど」

リングを継承するわけでもないのだから、血筋の如何は問われない。
『姫』に大切なのは、『箱』の力をもったその魂だ。

「テメェは何の為にボンゴレに来た」
「お兄様の――初代の妹として存在するために」

『姫』は初代の妹しかなれない。つまり、『姫』として生きることが即ち、初代の妹である証なのだ。

クレアにとって、それは最愛の人との絆でもある。
何よりも大切な、初代との絆を。

「どこに生まれようが誰の子だろうが、『姫』でありさえすればいいだろ」
「でも、……」
「不満なら、十代目継承式を終えてから死ね。そして、俺のガキに生まれろ」

レイピアの切っ先のように鋭い言葉に、クレアは弾かれたように顔を上げた。
今朝がた、九代目に突き付けた言葉の数々が思い出される。

九代目もその弟妹も、『姫』を拒絶した。
その存在を恐れるあまり、無関係な命を抹殺した。

それほど忌まれる存在を、ザンザスは自らの子にと言った。
別に、気を遣ったわけでも、優しく接しようとしたわけでもない。

彼はただ、選択肢を示しただけだ。
その体が嫌なら死んで、ちゃんと生まれ直して来いと。

しかしそれは、ボスの血族ならば口が裂けても言えない言葉なのだ。

「だめよ。私を産んだら、あなたの妻は心を病んで、不幸になるもの」
「テメェにそんな呪いがあるのか」
「呪いなんかじゃないわ。でも、それに近いかもしれない」

彼は『姫』がもたらす不幸について、知らないのではないか。
そう考えたクレアは、九代目にしたように説明した。

『姫』たる赤子の処遇を巡って、歴代ボスは妻とたびたび争った。
その結果、夫婦仲が悪化したり、妻の気が触れたりして離婚したケースは多い。

そのため、彼らは『姫』を憎んだ。
『姫』さえ生まれなければ、こんな事にはならなかったのにと。

すべてを聞いて、彼はひどく険しい表情で舌打ちした。

「くだらねぇな。俺にとって大事なものはボンゴレだけだ。テメェか女かを選べと言われたら、テメェを選ぶ」
「……っ」

ザンザスのその言葉に、クレアは鳩尾を強かに打たれたような衝撃を覚えた。
テメェを選ぶ。そんな短いフレーズに、全身が雷に打たれたように震える。

望んでいた言葉の、ほんの一部分にすぎないものなのに。
彼の理屈は、その無知ゆえに、根本的に間違っているのに。

頭の芯ががたがたに揺さぶられる。意図しない涙が、勝手に溢れていく。
思考という思考がすっかり飛んでしまって、抑圧してきた心が暴れ始める。

クレアは百年以上もの間ずっと、自分を騙してきた。
理性的に策を練る傍ら、心はずっと悲鳴を上げていたのだ。

痛い。辛い。悲しい。寂しい。何もかもが恐ろしい。
時に思考を妨げるほど強いその哀哭に、クレアは耳を塞いできた。

痛くない。辛くない。悲しくない。寂しくない。恐ろしいことは何もない。
そう己に言い聞かせ、機械的に呼吸をして生きていた。

本当は、鉄格子の隙間から撃たれたり、食事に毒を盛られたりするのは辛かった。
兄様――二代目の子孫たちを策に陥れると、心が痛んだ。

望んだこととはいえ、彼らに疎まれるのは悲しかったし、寂しかった。
悪夢も暗闇も、愛する人のいない世界のすべてが恐ろしかった。

兄がいた時代が懐かしかった。その頃に戻りたかった。
優しい兄の膝元で、声を上げて泣いてしまいたかった。

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