受け入れ難いもの
初代の妹として腰を落ち着けると、それまで見えなかった疑問に気付く。ボスの血統に生まれなかった理由。このタイミングに現世に呼び戻された理由。日本の一般家庭に転生した理由。
どれも、情報が足りないばかりに、結論を急げないものだ。真実を導き出すには、今は九代目を問い詰める必要がある。ソファーから立ち上がり、クレアは中庭へ続くガラス戸へ近付いた。綺麗に磨かれたガラスに映った自身の、目元に手を当てる。

「……私の目。前は、こんな色ではなかったわ」

歴々の『姫』の瞳は、蜂蜜や琥珀を思わせる色だった。しかし今は、闇に血を溶かしたような黒色になっている。

「目だけが、お兄様とお揃いだったのに」

そっと静かに零された言葉は、氷のような孤独を帯びていた。大切なものを失った悲しみと、それを奪ったものに対する怒り。それらを備に感じ取り、九代目と守護者は口籠った。追及はせず、クレアはガラスの外に視線を落とした。庭師が毎日、綺麗に整える中庭。百年以上が経っても、その景色は変わらない。まるで『姫』を留め置くための箱庭のようだ。
初代が好きだった、ミルトの花が風に揺れている。外に出れば、きっとあの馥郁とした香りを楽しめるだろう。クレアはガラスに触れたままの指を下ろし、九代目を振り返った。

「ノーノ。どうして、子を作らなかったの」
「子供は、わしの意志だけではできんよ」
「ふざけないで」

すっとクレアの目が細められ、語調が怜悧な刃のように鋭くなる。シベリアの風を思わせる威圧感に、護衛の二人は思わず懐に手を伸ばしかけた。彼女は絶対的な防御を持つが、攻撃に関しては素人以下だと言う。言葉と気迫を使った精神的攻撃を含めるならば、話は別だが。

「知っているでしょう。私がいなければ、リングの継承はできない」
「…………」
「子供が出来なかったんじゃない。貴方は、子供を作らなかった」

九代目には弟がいて、その子供達が次代へ血を繋げてくれる。だから彼は、再婚して子を作る道を選ばなかった。

「貴方だけじゃないわ、貴方の弟もよ」
「いや、彼には子供が居るが……」
「知ってるわ。でも、私を子供にもちたくなかったんでしょう」

当然そうだろうと言わんばかりの断言に、九代目は唖然とした。しかし、クレアはくるくると髪の毛を弄りながら、話を続ける。

「いい時代ね。だって、事前に性別が判るようになったから」

女の子だと分かった時点で堕胎させれば、『姫』を娘に持つことはない。露骨な表現に、九代目は思わず眉を寄せた。しかし、彼女の指摘は間違っておらず、むしろ的を得ている。

「ノーノ、貴方は私をどうするの」
「……どう、というのは」
「継承に必要とはいえ、所詮は異端な存在だもの。歴代ボスの誰も、自分の子供になんて望まなかった」

『姫』は輪廻転生の思想を柱として存在している。しかし、近世以降のキリスト教圏に、そういった思想は存在しない。中世の教皇が教義から削除し、完全に否定したためだ。イタリアは敬虔なるカトリックの国であり、国民もほとんどがキリスト教徒だ。
日陰者であるマフィアも、宗教に関する考えは民間人と変わりない。輪廻転生の思想ごと『姫』を異端視しても仕方はない。
もう一つの問題も、それを助長する。いつの時代も、何度生まれ変わっても、全く同じ姿になることだ。写真のなかに残る百年前の『姫』と瓜二つの娘。人格も当時のまま、記憶も当時からずっと保持し続けている。

幼い顔で大人びたことを良い、可愛げなど欠片もない。はっきり言えば、彼女の存在は明らかに人の枠を超えているのだ。そんな娘が生まれたら、妻になんといって説明すればいいのか。他所から嫁いできた女性に理解せよというのは、些か無理がある。
弟が許されざる方法で女子の誕生を阻んでいたとして、その行為を誰が咎められよう。二代目のように出産直後に殺すよりはまだマシと思えるくらいだ。

「さあ、ノーノ。私の処遇を決めて」

今後の関係が、今この瞬間に下した決断で決まる。そう直感し、九代目は苦渋に満ちた唸り声を上げた。

「生かすも殺すも自由よ。歴代のように地下牢に幽閉するか、初代のように自由を与えるかもね」
「姉さん、わしは……」
「私の兄弟は、プリーモとセコーンドだけよ、ノーノ」

姉が死に際に言った言葉を繰り返され、九代目は一瞬喉を詰まらせた。間違いなく、目の前の少女は『姫』だ。多少出生に問題があろうと、その魂は変わらない。ずっと昔、地下牢の冷たい石畳の上で息を引き取った姉と同じ人間だ。
ステッキで軽く床を叩き、九代目はなおも急かそうとする彼女を制した。そして、幾らか大げさに座り直して、はっきりと宣言した。

「わしは、君を娘として迎え入れようと思う」
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