秘密を見る
本部に帰る途中、クレアは自らの出生に新たな疑問を覚えた。
実の息子がいるのに、なぜクレアは九代目の娘に生まれなかったのか。

とある男の意向により、クレアは今まで後継者より先んじて生を受けてきた。
ボンゴレの繁栄と永続の為に、後継者の選定に深く関わる必要があったためだ。

生後まもなくに殺されるなどして、已む無く後になった時代もあるにはあった。
しかし、それは何回も繰り返された場合のみの一時的な措置だ。

九代目が高齢とはいえ、今回の後継問題はそんな措置を必要とするものではない。
それなのに、今回の転生には色々と、不可解な点があるのだ。

望んで運命を受け入れた癖に、身に過ぎた願いを抱いたせいなのか。
それとも、そうせねばならない何かが、今回の継承問題にはあるのか。

たとえば、――後継者はザンザスではなく、日本に居る人物――という問題。

クレアが見た限り、ザンザスには後継者となる素質がある。
やや性格に難ありだが、それも許容範囲のうちだ。

しかし、何らかの問題があって、彼は後継者になれないのかもしれない。
だからクレアは彼の傍ではなく、日本で産声を上げた。

日本には、何らかの事情で絶えてなければ、初代の子孫がいるはずだ。
その末裔が、次代となるべくして生まれた子供だったら。

クレアが日本に転生したのも、それで十分に納得がいく。
ブラッド・オブ・ボンゴレを持つ者ならば、マフィアに縁が無かろうが血が薄かろうが関係ないからだ。

クレアはずっと、その可能性を危惧してきた。
そうでなければいいと願いながら、迎えを待っていたのだ。

「休んでいる暇は、ないのね……」

クレアは知らなければいけない。
ボンゴレを永続させるために、リングの後継者を選ぶために。

その使命を果たさねば、『初代の妹』であり続ける事は叶わない。
他にも憂慮すべきことはあるけれど、それは後回しだ。

クレアはチェストの上によじ登り、古びたタペストリーを剥がした。
そして、壁の僅かな凹みを指で押し、隠し扉を開いた。

その奥には、ファミリーの者しか知らない隠し通路が広がっている。
クレアは一度だけ扉の方を振り返り、すぐに隠し通路へと体を潜り込ませた。



ボンゴレ本部には避難用、戦闘用の隠し通路がある。二代目の時代に、銃撃戦や逃走を想定して作られたものだ。

弾痕や血痕が放置された其処は薄暗く、肺を悪くしそうなほど空気が淀んでいる。
申し訳程度に照明が付けられているが、ガラスの汚れが酷くてあまり役に立たない。

あちこちに罠や武器が隠されているため、緊急時でなければ誰も通らない。
おかげで邪魔されることなく、目的の部屋へ続く隠し扉の前に着いた。

「確か、この辺りだったはず」

クレアは照明と照明のちょうど間、手元も見えないほど暗い壁を弄った。
僅かな窪みに爪を引っ掛け、隠し通路から表へ出るための小さい隠し扉を開く。

小柄な女性しか通れないそれは、クレアの為だけに作られたものだ。
他の者は存在すら知らないし、知っていても小さすぎて使えない。

扉を開くと、隠し扉を隠す絵画の裏側が見える。それを落とさないよう慎重に取り外し、クレアは目当ての部屋に入った。
そこはボスと守護者以外は立ち入ることもまからぬ、ボスの執務室だ。

「……此処は変わらないのね」

他の部屋はボスや守護者の好みで時代によって大きく設えが変わる。しかし、この執務室だけは、いつの時代も変わらない。

机や本棚は機能性を重視した、愛想のないもの。カーペットやカーテンは臙脂色、壁紙は質素なベージュ。

部屋の隅に置かれた観葉植物も、古ぼけたソファも変わらない。クレアは一通り見渡した後、執務机の引き出しをあさり始めた。

痕跡を残さぬよう慎重に、かつ迅速に、九代目の日記を探した。そうして、一番下の引き出しに、目当てのものを見付けた。

「兄様の名前は、……」

ばらばらと素早く頁を捲りながら、ザンザスの名前を追う。最も古い日付、一番最初に彼の事が記述された項目を探す。
記述を見つけ、その内容にクレアは目を瞠った。

日付はザンザスと出会った数日後。
彼を正式に引き取る手続きの為に母を訪れた日のものだ。

「我が息子を生んだという女に会いに行く……」

我が息子を生んだという女に会いに行く。
面識もない女が私の子を生むことなど有り得ない事だ。

だが、それを否定するには、女の環境は余りに悲しすぎた。母の言葉を信じる子供の眼差しを曇らせる事は私には出来なかった。

だから、子供を息子として引き取る事にした。
ブラッド・オブ・ボンゴレが無いから後継者にはできないけれども、と文章は続く。

クレアはそれ以上は読まず、日記をばたんと閉じて引き出しに戻した。
再び隠し通路に戻って絵画を掛け直し、扉を閉める。

そして、その場で脱力し、ずるずると壁に凭れかかったまま座り込んだ。
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