家族≠立場
護衛のコヨーテを伴い、九代目はザンザスの部屋に向かった。

隊員は出払っているのか、出迎えもなければ、誰かとすれ違うこともない。
誰に止められることもなく部屋に着いてしまい、九代目は不安になった。

うっかり扉を開いたが最後、とんでもないものと遭遇しかねないような。
そんな予感がして、九代目は自分の超直感を恨めしく思った。

申し訳程度にノックして、返事を待たずにドアを開ける
そして、クレアを膝に乗せたザンザスと目が合った。

「……失礼しました」

九代目はぱたんと静かに扉を閉じた。

幻覚を見てしまった。そう幻覚、多分幻覚。
あのプライドはエトナ山より高いザンザスが、誰かを膝の上に乗せる筈がない。

あれは幻覚に違いない、そう幻覚。術士の悪戯だ、きっと。
しかし、部屋は確かに、ザンザスが普段使っている部屋だ。

軽く目頭を揉んでから、九代目はもう一度扉を開いた。
ドッキリとか書いた看板を期待したが、そこには同じ光景があった。

さしもの九代目も、今度ばかりは現実と認めざるを得なかった。

「……ザンザス」
「何の用だクソジジイ」

反抗心に満ちた返事に、九代目は早くも溜息をついた。
引き取ったばかりの頃が懐かしい。何がどうしてこんなに捻くれたのか。

悲観に暮れそうになった九代目は、コヨーテの咳ばらいで我に返った。

「ザンザス。そこに居る『姫』を、おいそれと本部から連れ出して貰っては困る」
「……」
「『姫』も、自らの立場は分かっているはずじゃ」

なぜ何の断りもなく、連れ去られるままに本部を離れたのか。
その気になれば、その手を拒むことだってできたはずだ。

九代目の厳しい叱責に、クレアは肩を震わせて俯いた。
言われずとも、ふさわしい振る舞いでないことはわかっていた。

クレアは九代目の娘であり、その肩書きにはあらゆる人間の思惑が絡む。
下手をすれば九代目の枷となる我が身を思えば、本部を出るべきでないことはわかる。

「それでも、嫌だったの」
「『姫』」

九代目は諌めようと、わざと彼女の立場を示して呼びかけた。
しかし、クレアは頭を振り、九代目の諫言を突っ撥ねた。

「だって私、今までずっと一人だったのよ」

言いながら、クレアは震える手でザンザスの上着の裾を握り締めた。
雲間に覗いた月のように、幻と消えてしまうことを恐れて。

「やっと兄様に会えたけど、でも、これっきりかもしれないの。それなら今、少しくらい……っ」
「黙れ」

手で口を塞がれ、クレアはおとなしく黙った。
彼が話したいというのなら、その邪魔をしてはならないからだ。

「クソジジイ。こんなガキが大事か?」
「『姫』は、ただの子供ではない」
「ハッ」

九代目を鼻で笑い、ザンザスは口を塞いだ手を頬へずらした。
そして、その頬に新たに零れた一筋の涙を拭いとってやる。

「こいつは、情けないくらいに弱いガキだ。馬鹿らしい理由で、めそめそ泣きやがる」

記憶をもったまま輪廻転生を繰り返したら、普通の人なら発狂する。
そもそも、人間とは根本的に、イレギュラーに絶えうる神経構造でないからだ。

喪失に怯え、取り残される孤独に震え、逃れ得ない寂寞に苛まれる。
愛情は枷や妄執へ変貌し、憎悪は対象の死によって行き場を無くす。

記憶の蓄積に、頭と心が耐え切れなくなるのだ。
幸せな記憶さえ、不幸な折にはその心を追い詰める。

しかし、クレアはそんな運命を僥倖と呼び、受け入れている。
それを狂気と呼ぶかは人それぞれだが、正気を保っているようには見える。

彼女が一喜一憂する理由は、自らの宿命に比べて遥かに些細なことだ。

誰かに愛されたい。誰かを愛したい。愛する人に会いたい。
それが叶わないことを嘆き、そしてそれが叶ったことを喜ぶ。

ザンザスにとっては何の価値もない、愛などというもののために。
彼女は今も生き、ザンザスの傍にいたいと願うのだ。

「こいつは俺の妹だ。妹で、俺の娘になるガキだ。誰かの手に委ねるつもりはねぇ」

頑として聞き入れない二人に、九代目は溜め息をついた。
そして、ボンゴレボスの立場から、二人を見つめた。

九代目とて、本心から二人を引き離したいわけではない。
それが自身の務めだから、判断を誤った二人を叱責しているのだ。

その心を知らず、ただ感情のままに動くのならば。所詮は二人とも、責任を知らぬ子供ということだ。

「『箱』は継承に必要不可欠なもの。故に二代目は、その存在を管理する権限を当人から剥奪し、ボスのもとのした」
「それは」

反駁しかけたクレアを制し、九代目ははっきりと宣言した。

「現在、『箱』の処遇を決める権利はわしにある。ザンザス、お前にはない」
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