大嫌い

あの事件から一か月たち、ステラは自分がどのような状況に置かれているかを理解した。

白ひげ海賊団――泣く子も黙る大海賊――に拾われたこと。
そして、なぜか、その医務室の一番奥で手厚く看護されていること。

「ステラちゃん、調子はどう?」

ステラは、カーテンからそっと覗くナースに微笑んだ。

タバサというそのナースは、ステラの担当なのもあってすっかり顔なじみになった。

「タバサさま。ええ、もう傷も痛みません」
「よかったわ。後で包帯変えるわね」
「はい。ありがとうございます」

ステラは微笑みを浮かべ、返事をした。

その美貌はどこか儚げで、微笑むといっそう儚さを増す。

折れそうなほど細い四肢と巻かれた包帯も、ステラの印象をより儚いものにしている。

「うん、顔色もずいぶん良くなったわね。一時はどうなる事かと心配したけど、良かった良かった」

「その節は、本当にありがとうございました。タバサさま」
「さま付けしなくていいのに」

タバサがそう言うと、ステラは少し困った顔になる。

けれど、それは迷惑がっていると言うより、申し訳なさが先立つような表情だ。

「タバサさま。私は、帰りとうございます」
「帰るって……確か、九蛇に?でも、九蛇は……」

「はい。海域がカームベルトで、この船では入れないでしょう。ですから、私は船を降りて九蛇に帰ります」
「どうやって?」
「……私は、……悪魔の実の、能力者ですから」


ステラは悲しみに顔を歪め、そう言った。その雰囲気に、聞いてほしくないという、柔らかな拒絶が漂う。

ステラのそれは、薄氷の拒絶――強引に踏み砕くに易く、傷つけぬよう砕くは難いものだった。

下手に触れれば砕いてしまいそうで、タバサ達ナースはどうにも出来ずにいる。

ステラが拒絶することは、沢山あった。

右足の太腿に巻いた布に触れる事を、漂流していた経由を話す事を、髪を切る事を、拒絶した。

そして、その度に、悲しそうな顔を見るため、タバサ達ナースは何も言えないままだ。

結果、白ひげへの報告も必然、不明瞭なものになった。
その余りのあやふやさに、一番隊の隊長などが追及して来たこともあった。

「もうちょっと何とかならないのかよい」
「そう言うんだったら貴方が聞いてみなさいな!」
「ナース達のバリケードが解けたら聞いてみたいよい」

そう言い返されて、タバサは半ば八つ当たり気味に返した。

「ステラちゃんは治療中、男どもを通す?!そんな事出来ません!断固拒否!」
「……そうかよい……」

儚げな少女の前に、粗暴が服を着て歩いてるみたいな海賊男を連れていくなど出来っこない。

少なかれ、タバサ達ナースの庇護心が許さない。

その庇護欲のお陰で、一か月も滞在しながら、ステラはただ一度もクルーに遭遇したことがなかった。


「ただ、助けて頂いた御礼を、一度船長に申し上げたいのですが……船長さまは、いつ頃都合がつくでしょうか」

「……船長ね……船長は、多分いつでも大丈夫よ?」


甲板で酒を飲むか、仕事をするか、宴か。
うち二つは重要ではないので、一日の三分の二は空いている筈だ。

荒くれ集団との遭遇もやや懸念したが、タバサはステラの視線に負けて頷いた。

「じゃあ、船長室まで案内するわ」
「はい。ありがとうございます」

仲間のナースに先触れを頼み、タバサは廊下に続く扉を開いた。

ステラは、一歩外に踏み出そうとして、ぴたりとその足を止めた。

ドアの向こう。視界の端に映った、姿。それは、――。

「ステラちゃん?」
「……あ……いや……いやぁぁぁあぁっ!!!」

ステラが悲鳴をあげて、室内に駆け戻る。その顔は恐怖に満ちていて、タバサは目を瞠った。

「ステラちゃん?!」
「ど、どうしたの?」
「いや!いやぁぁあぁあ!!」

タバサの手を振りほどき、ステラは悲鳴を上げ、部屋の奥へ逃げ惑う。

部屋の隅にうずくまり、がたがたと震え出す。抱えた膝に顔を埋め、ひたすら小さくなろうとする。

ステラの突然の変化に、ナース達は慌てながらも扉を閉めた。

タバサは、躊躇いつつも恐る恐る近づき、少し手前で膝を折った。

「ステラちゃん、どうしたの?何が……」
「おと、こ……男は、嫌い……こわい………!」
「……え……?」
「嫌い!いつも、酷い……痛い目に……辛い目に合わせて……笑ってる……嫌だ、嫌だ!怖い!男、男はっ、う、うぁぁぁあああ!!」


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