- 別れと
マルコと共に、酒楼の地下にある裏方に向かう。マルコの話では、この酒楼は元白ひげのクルーが経営しているらしい。
どこか虚ろな気持ちで歩みを進めていたステラは、はっとして足を止めた。
「ステラ?まだ一階だよい」
マルコが振り返ると、ステラは一階のテーブル席を見ていた。庶民や、少人数の海賊が、テーブルやカウンターで飲む場所。
「……まさか」
「え?」
「まさか、いらっしゃるなんて」
ステラがカウンターに向かう。マルコは訝しげに見ながら、その後を追う。
ステラの足は、一人の小さな老婆の側で止まった。
老婆はステラを知らないのか、誰だという目で見ている。
「もし、貴女は……ニョンさまではありませんか。九蛇の……」
「ニョ?!な、何を……」
「私は、九蛇の現皇帝の姪、ステラといいます。貴女は、ニョンさまですね」
老婆――ニョンと呼ばれた者が、ぐいっと酒を煽り、ステラを見上げる。
その目は焦りできょろきょろと忙しなく周りを見る。
「か、確証もないニョに何を言うかっ」
「確証ならあります。私が知るニョン様の面影があるその顔、それにその強い覇気……九蛇の女でなければ、女が覇気を持つ事などありません。老いてあれば尚のこと……ニョンさまでしょう?」
ステラの懇願めいた声音に、ニョンは怪しむような顔をした。
「ニャンでそんな顔をするニョ?わしを殺しに来たんでなかったニョか?」
「殺しになど。私は、諸事情で九蛇より引き離されました者です。武器もなく、殺意等どうして持ちましょうか」
「裏切り者として殺しに来たのでないニョなら、なんでわしに声を掛けるニョじゃ?」
「大人になるまで九蛇にいた貴女なら、ルートなども知っているやもと………どうか、私を九蛇に連れて帰してくださいませんか。私は帰らねばならないのです」
ニョン婆の顔が険しくなり、ステラをじっと見る。
「殺されに行けと言うニョか、お主」
「いいえ。殺させなどしません。私が叔母様に説得し、執り成します。私を連れて帰してください。貴女の手より他になく、断られれば私はいつ帰れるとも知れません。どうか、お願いします」
ニョン婆はしばし考えた。
ステラと名乗る少女は、皇帝の姪だという。その儚げな美貌は、皇帝(ニョン婆が出奔する前に見た、幼い頃の姿)によく似ている。
「……いかにも。わしがニョンじゃ。じゃが、解せん事は沢山ある。それに答えてくれねば、どうとも言えんニョ」
ほっと息をつき、ステラは答える。
「如何様にもお聞きくださいませ。聞かれた事には包み隠さず、全てをお話しましょう」
それから三つ四つ問い掛けられ、ステラは答えて。
ニョン婆は、ステラの願いを聞き入れると決めた。
ニョン婆は、その島に滞在して余年、アルバイトなどで生計を立てており、貸家にすんでいるという。
ステラは、マルコ達白ひげ海賊団とはここで本当に別れとなった。
「……今まで、ありがとうございました。マルコさま、……いろいろと、すみませんでした」
「いいってことよい。また会えるといいな、ステラ」
「……はい……!」
ふわりと優しく笑うステラに、マルコは少し頬を赤くした。
ニョン婆と行く姿が人込みに見えなくなるまで見送ると、マルコは宴の席に戻った。
「オヤジ。下に、九蛇のものがいて、ステラはそいつに着いてったよい」
「そうか……」
白ひげの膝には、ステラが編んだ膝掛けがあった。
見送って今更、マルコは連れ戻したい感情を感じていた。それは、恐らく白ひげも。
「オヤジ、今日は飲むよい」
「グララララ、そうだな……」
浴びるように酒を煽るマルコを見ながら、白ひげもジョッキを傾ける。
手触りのいい膝掛けが、もう会わないであろう人の幻影を見せた。
引き止めたい、いや、引き止めたかった
(後悔ばかりが募るほど、離し難い女)