開かれた扉
場所はローゼ州シガンシナ区、スミスコンツェルン本社。

夜も過ぎた深夜、リヴァイは閑散とした夜道に車を走らせた。

新事業の準備と部下のミスが重なり、全てを片付けた頃には深夜になっていた。


さりとて困るでなし、家で待つ人もなし。
片手でハンドルを操り、もう片手で煙草に火を点けた。

紫煙を吐き、リヴァイはため息をついた。
ミスをしたのは今年入社したばかりの若い部下だった。

何度も同じミスばかり繰り返し、それを少しも反省しない。
表面上は反省した風な姿勢を取るが、内心は言い訳ばかり。

嘘をつくのと自他を騙すのばかりに長けて、何一つ成長しない。
責任転化と逆恨みが上手いのも、そいつの特徴だ。

手前の失態は手前のせいだろうがと思っても、言ってはいけない。
言えば大抵の若い者は立ち直る気もなく殻に閉じこもる。

一昔前なら、自ら反省し次の成功に繋げていた。失敗を積み重ねて大人になった。
今は挫折を味わったこともない、図体ばかり大きいガキばかりだ。

失態を叱れば、少し厳しい物言いをすれば、パワハラだ何だと言う。
悪者を擁護しすぎる甘ったれた世情が、リヴァイは大嫌いだった。

リヴァイが幼い頃、父が蒸発した。
体の弱い母が必死に働いて育ててくれだが、無理が祟って三年と持たず亡くなった。

誰も助けてはくれなかった。親戚がいの一番にそっぽを向いた。
冷たい風当たりをひしひし感じながら、リヴァイは中学時代を不良として過ごした。

そのまま、高校にも大学にも行かず、先輩の誘いでヤのつく自由業になった。
エルヴィンに拾われる前は、裏では名の知れた猛犬だった。

足を洗ってスミスコンツェルンに入ってからは、暗闇を歩くような心地だ。
ほぼ小学校から勉強していない脳みそでは、書類に書いてある熟語すらわからない。

仕事でミスを繰り返し、叱られ、殆ど眠らず闇雲に勉強した。
努力の甲斐あって、今では難なく経済新聞も読めるし五ヶ国語以上話せるようになった。

それだけの努力あって今の地位にいるからこそ、打たれ弱い若者を見るといらいらする。

打たれれば凹むのは当たり前だ。そこからが問題だろう。
立ち直れもしない奴が一体何が出来るというのか。

退屈だ、と唐突に思った。

使い物にならない若者の尻拭いをし、仕事の出来ない奴からワーカーホリックと笑われて。
勉強しない奴から仕事の成功を妬まれ、娯楽と賭け事しか脳みそに無いやつに仕事を教えて。

毎日毎日、面倒でくだらないことばかりだ。
仕事の苦労や成功など、慣れきって厭いてしまった。

退屈だ。一度そう思ってしまえば、何もかもが煩わしくて仕方が無い。

ふと前方から赤い光が差し、リヴァイは慌ててブレーキを踏んだ。
見れば、前方に工事中の看板と誘導等を持った二人の警察官がいた。

ゆっくり減速して止まれば、警官が駆け寄ってくる。
窓を開き、迂回道を聞こうと訊ねたときだった。

一瞬の静寂は、脳が現実を捉え損ねたせいだろう。

鼓膜を破らんばかりの大音声と、腹部を中心に全身に広がる激痛。
あふれ出した赤色と、警官が握り締める拳銃が見える。

「あんたを殺してくれって頼まれたんだ。全く、今の坊ちゃんは羽振りがいいったらねぇぜ」
「坊ちゃん……?」
「ミスを見つけた上司が悪いんだ、だとよ。馬鹿げてんなぁ」

警官のふりをした男が、愉快そうに笑う。
怪我さえなければ、リヴァイも笑いたかった。笑えもしないが。

「……逆恨みも、上手かったな……」
「あ?」
「その坊主に伝えとけ……俺を殺ったぐらいで、テメェのミスは消えねえよ、首だクソがってな!」

言い終わるや、リヴァイはアクセルを思いっきり踏み込んだ。
愛車が偽警官と工事中の立て看板を引き飛ばし、スリップしたタイヤが悲鳴を挙げる。

目的地も何も無い。ただ道路を蛇行しながら逃げ惑うだけだ。
もしも反対車線を走る車があれば、事故を起こして死んでいただろう。

「は、……くだらねぇ」

死。それは今逃げ惑わずとも、すぐに来る。
何発の銃弾を食らったかはわからないが、出血量からいってそれは確実だ。

死んだとして、一体誰が悲しんでくれるだろう。

エルヴィンか。彼がまず考えるのは、会社としての損害だろう。
親戚か。金をせびるだけの連中だ、線香一本ですら惜しむだろう。

誰も、悲しんでなどくれない。会社は存続し、リヴァイの仕事も誰かが代わりに片付ける。
世界はリヴァイが死んでも、何も変わらない。

当たり前のことだ。しかし、今までの人生はなんだったのか。
父母を失い、不良になり。会社に尽くした今までのことは、全くの無意味だったのだ。

悲しいと思うのは、死に際の感傷に過ぎない。
そんな事は疾うの昔にわかりきっていたことだというのに、今更何を嘆くのか。

車が何かにぶつかり、ゆっくりと動きを止める。
最後の力を振り絞って車のエンジンを切り、窓に寄りかかった。

左ハンドルの車だから、すぐ隣にあるものが見えた。
公園だ。深夜だけあって、人っ子一人居ない。

お決まりの遊具があるだけの、酷く静かな空間だ。
回りは閑静な住宅街で、まるで写真から切り出したのかと思うほど洒落た家が並んでいる。

世界はどこまでも、リヴァイを拒絶している。
そう感じてならなかった。

静寂の中に、並ぶ家のなかに、リヴァイは入れない。
金持ちボンボンの中にも、不良の中にも入れない。

どっちつかずの中途半端な人生は、無慈悲にも断ち切られようとしている。
何をすれば救われたのか、何があれば救われるのかもわからないままに。

二度と覚めないであろう眠りが、リヴァイを手招いている。
死への恐怖と生への渇望が、最期に感情として認識できた意識だった。



ただ、最期に聞こえたように思ったのは、荒い呼吸でも蝸牛の唸りでもない。
何か重い扉がゆっくりと開かれる時の、蝶番の軋むギィイイ、という音だった。

そしてその音と共に、飽食館の扉は開かれた――。




『今朝方未明、スミスコンツェルンの副社長リヴァイ氏の車がシガンシナ区の公園で発見されました』
『社内には多量の出血痕があり、照合の結果氏のものであることが判明』

『しかし車内に氏の姿はなく、何者かによって殺害後、遺体を遺棄された模様』
『また近くで起こったひき逃げ事件は氏の車によって行われたものと判明』

『ひき逃げの被害者が持っていた銃で襲撃され、その後公園まで迷走したものとみられ』
『現在警察は死体遺棄の件で周囲の捜索および聞き込みを行っており――』
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