命の奪い方
エルドは戦闘について、自分が知っていることを全て報告した。ただし、ペトラが『攻撃』状態を解除したことは、命令の伝達ミスと偽った。しかし、信煙弾と笛を間違う馬鹿がいるとは到底思えない。『攻撃』命令を戦闘中に解除してはいけないことも、訓練で嫌というほど聞いた筈だ。
そんなありえないミスを言われても、納得できる筈がない。しかし、それを否定する証拠がない以上、エルドが主張すればそうなる。ハンジも不満げに目を眇めたが、声高に否定することはなかった。幸い、彼女はすぐにトリナが発した言葉の方に関心を移した。

「返して……確かに、そう言ったんだね?」
「はい」
「記憶は完全に消えたわけじゃないんだ。封じられているのかな?でも、これで仮説が証明されたよ」

一時でも思い出せたのならば、記憶は完全に失われていない。忘失したのではなく、何らかの方法で封じられた状態にあるということだ。しかし、洗脳や催眠術といった胡散臭い方法で、これほど強力な効果を及ぼすとは考えにくい。
そもそも、トリナには逆行性のみならず、前向性の記憶障害もある。定期的に術を掛けなければ、その効果を持続させることはできない筈だ。薬品なら体内に蓄積し、効果が持続することはあり得る。しかし、記憶を消す薬はあっても、封じる薬などあるだろうか。

考えれば考えるほど、トリナのことが分からなくなる。誰が、何のために、彼女一人をそんな状態にしたのか、謎ばかりだ。それでも、彼女の存在は一つの仮説を証明した。エルヴィンの父が語った、建国の歴史にまつわる一つの仮説を。

「他人の意識を操作する方法、ねぇ……」
「そういえば、あいつ、『巨人を殺す』とか叫んでましたよ」

頭を抱えるハンジに、オルオが更に爆弾を落とした。

「巨人って、言ったの?あの子が?」

オルオの発言で、ハンジの頭にガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。それはトリナについて立てた仮説を裏付ける、重要な発言だ。

「はい。目を覚ましたと思ったら、頭を抱えてのた打ち回りだして」
「『あいつ、ころす。きょじんを、殺す!』って、言っていました」

オルオとともに報告しながら、ペトラは気付いた。トリナはあの時、単語のみでない、文法に則った話し方をした。その声には、確かに彼女の意志があった。命令されたからではない、彼女自身が巨人を殺そうと思ってそうしたのだ。

「それは本当かい?本当に、あの子がそんなことを?」
「え、ええ。でもそれが何か……」
「何かなんてモンじゃない!これは大変なことさ、ああ大変だ!」

キャッホォオオと奇声をあげて、ハンジが狂喜乱舞する。さっきまでの不機嫌さはどこへいったのか。騒ぎすぎです分隊長、と窘める声もまるで聞こえていない。
何をそんなに喜んでいるのか、報告をしたエルド達にはまるで判らない。団長に意見を仰ごうと見れば、彼は何やら考え込んでいるようで目の前のことを見ていない。

兵長は言葉も出ないほど呆れているらしく、肘をついて無言で眺めているだけだ。ミケ分隊長に至っては、腕を組んだ姿勢で船を漕いでいる。だめだ、これは。話を進めるには、エルド達が聞くしかない。意を決したエルドは、新兵二人に代わって問いかけた。

「何がそんなに大変なんですか、分隊長」
「なにがって、わからないかい?彼女は巨人を巨人として認識しているんだよ」
「巨人と戦う方法を知ってるんだから、それは当たり前なんじゃ……」
「当たり前じゃない。彼女は、人間でも家畜でも首を狙うからね」

トリナは巨人を殺す時、皆がするようにうなじの弱点を狙う。ただし、人を殺す時もそうなのだ。心臓や腹でなく、首ばかりを狙う。首を切る以外に、生物の命を奪う方法を知らないからなのか。巨人を殺す唯一の方法がそれだと、知っているからなのか。

簡単に言えば、巨人と人間の位置づけが判らなかったのだ。同類と見做しているのか、別個の生き物と理解しているのか。それさえ判れば、彼女が巨人を『人類の敵である巨人』として認識し、殺す術を学んだことが分かる。そして、それが分かれば、そこに一つの謎と仮説が生まれるのだ。

「あの子は巨人を殺す方法を、学んだんだ。生きとし生ける全ての生物を殺す方法としてではなくね。これはつまり……」
「そこまでだ、ハンジ」

ひやりとする声が、ハンジの論説を窘める。その声は有無を言わさぬ団長権限の行使であり、新兵を底冷えさせる冷徹さを感じさせた。

「それ以上は、人に聞かせる話ではない」
「……ごめん。そうだね、まだ分からないことばかりだし」

鼻息荒く喋っていたハンジも、流石に拙いと思ったのだろう。急激にクールダウンし、少しおどけた仕草で新兵達を振り返る。

「あー、新兵諸君、彼女は巨人を敵視してるってこと。つまり、私達の味方ってわけだよ」
「はぁ……わかりました」

何かを秘密にされたのは明らかだが、追及が許されないのも明らかだ。半ば追い出される形で下がらされても、エルド達は何も言えなかった。
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