事件収束
トリナが去ったあと、ミカサは渡された物に視線を移した。

細い鎖を使ったネックレスだ。
ペンダントヘッドは銀の指輪だが、手入れされていないらしく曇っている。

「ペンダント?」
「みたい。でも、これ……」

どこかで見た気がする。
そう思い、ミカサは指輪の内側を覗き込んだ。

そして、そこに刻まれた文字を見て息を呑んだ。

「エレン、これ」
「なんだよ」
「いいから見て。この指輪」

真剣な顔で突きつけられ、エレンもまた同じように指輪の内側を見た。

「なんだよ、これ。グリシャ、カルラ……?」

指輪の内側には、Grisha to Carlaと刻まれていた。
忘れる筈がない。二年、いや三年前に失った、大切な人の名前だ。

エレンとミカサの親。巨人に殺された母と、行方のわからない父。
その二人の名前が刻まれた指輪を、トリナが持っていた。

「父さんと母さんに関係が……?」
「でも、おかしい。あの日、母さんは指輪をしてた」

ミカサの言葉に、エレンも不可解な点に気付いた。

ウォール・マリア陥落の日、瓦礫の下敷きになっていた母はこの指輪をつけていた。
それをトリナが持っているのは、明らかにおかしい。

巨人に食われた母からどうやって指輪を取ったのか。なぜ取ったのか。
どうやって巨人と相対してなお生き永らえたのか。

疑問が打ち水となり、エレンの頭に断片的な記憶を揺り起こした。

人目を忍ぶようにフードを目深に被った三人の客人。
グリシャと共に廊下の突き当たりに立つ、大人二人と子供一人。

子供が大人に肩を抱かれ、奥へ入るよう促される。
部屋に入る一瞬前、子供と視線が合う。

そのときに見えた顔は間違いなくトリナだった。
優しく微笑み、小さな手を振った。大人に見られないように。

ひらひらと揺り動くその手が、優しい微笑が。
挨拶しているようにも、別れを告げているようにも見えて。

次の瞬間扉が閉ざされ、ほんの刹那の邂逅が終わる。
同時にエレンの意識も暗転し、暗闇のなかに吸い込まれていった。





その頃、調査兵団本部では会議を終えたエルヴィンとリヴァイがウォール・シーナから帰還していた。
そして二人は、調査兵団本部に入ってすぐに足を止めた。

出掛ける前は整然と整っていた室内が、盗賊に押し入られたかのごとく荒れている。

床にぶちまけられた書類、本棚から引っ張り出された資料の冊子。
景観用にと女性兵士が飾った花が散らばり、無残に踏みつぶされている。

転がるインク壺と花瓶の水が床に鮮やかな模様を描いており、書類等の大半が駄目になっている。

潔癖症の限界を超えたこの光景に、リヴァイの機嫌が降下していく。

「……おい、ミケ。これは何事だ」

惨々たる有様を他所にコーヒーを啜る男を見つけ、リヴァイは低い声で問うた。

前髪を左右に振り分け、口元にきっちりと手入れした髭を蓄えた妙齢の男性だ。
ハンジと肩を並べる分隊長で、戦場ではリヴァイの次に成果を出している。

「ハンジが暴れた」
「あぁ?」
「半狂乱になって探し回っていた」

荒れに荒れた室内を見渡し、エルヴィンは首を傾げた。
半狂乱ぶりは見ればわかるが、それほど必死になって探すものがあるだろうか。

「何を探していたんだ?」
「トリナ」
「「は?」」

ミケの答えに、エルヴィンとリヴァイはピシリと凍り付いた。
帰ってきたとき以上の衝撃に、二人は視線でミケに説明を求めた。

「トリナが、無断で出歩いたらしい」
「それはいつものことじゃないか」

トリナの一日はハンジによって全て決められている。

朝起きるとハンジに教えてもらいつつ身なりを整え、朝食を摂る。
そのあと決められた訓練を行い、午後からは自由時間となる。

自由時間のあいだ、トリナはずっと兵団基地内を散策している。
リヴァイたちが帰ってきた時間はちょうど正午。散策していておかしい時間ではない。

「ハンジが起こしに行くと、いなかったらしい」
「誘拐かな」
「誰が攫うんだ誰が」

エルヴィンのボケた発言を、リヴァイが一刀両断する。
ミケもこくこくと頷き、全力で同意している。

「とすると、トリナが自発的に早朝にどこかに出歩いたということになるのか」
「そういうことになる」
「それは拙いな」

非常に拙い。早朝に出歩いたことがではない。
自発的な行動に出たことが、非常に拙い。

自発的に行動するようになったということは、命令以外の行動をするということ。
それは現在のトリナの精神状態を鑑みれば、決して好ましいことではない。

リヴァイもエルヴィンと同様の考えを抱き、表情を険しくした。

「エルヴィン。あいつの全権を俺に戻せ」
「……必要かい」
「必要だ。場合によっては、しばらく使えなくなる」

もしトリナがリヴァイの命令に背いたならば、教育しなおさねばならない。

リヴァイの教育には暴力が伴う。それも、記憶ではなく本能に刻み込むために、徹底的に痛め付けなければならない。

一度教育したならば、暫くは立ち上がることも出来なくなる。
当然、怪我が治るまでトリナを戦力に数えることはできない。

「次の調査は遠征になる。トリナの戦力は必要不可欠だ」
「調査が終わった後に教育すればいいのか」
「そうしてくれ。じゃあ、まずは……」

まずは、と言い差して、エルヴィンは荒れた室内を見渡した。

窓の外に目を向ければ、掃除中なのだろう、ハンジの研究室から備品を出す兵達が見える。
室内に視線を戻したところで、リヴァイが口を開く。

「掃除だ」

それが何よりも優先されるべき最重要事項であるといわんばかりの声音に、エルヴィンは苦笑しつつも頷いた。
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