屋上に舞う冬の風はどうやら、私の身体を蝕むように冷やしていくつもりらしかった。ピンク色のマフラーをぐるぐるに巻き付けて顔を埋めると、頬がぴりぴりして痛いのが、余計によくわかった。 それでも今日だけは教室には行きたく無いと、縮こまってタイツに被われた両脚を摩った。 「寒いなあ」 「教室には戻らんとね?」 「え…」 「探したばい」 「千歳」 寒空の下での私の苦労も虚しく、避けていた筈の人物と、随分と早く対面を迎えてしまった。 「私は探して無いけど」 一瞬だけかちあった瞳をすぐに逸らして、びゅうと音の鳴る屋上を立ち去ろうとすれば、長い腕が伸びてきて、大きな掌が私の掌を掴んだ。彼は軽く引いたつもりだろうが、それが私にとってはとんでもなく強い力で、私は一気に彼に引き寄せられて、そうして彼のお腹へと顔をぶつけた。私の身体はすっかり彼の身体に覆われてしまって、冷たい風は遮られたようだった。 「次、オサムちゃんの授業ばい」 「興味無い」 「隣の席ば空っぽで寂しか…」 「……」 「どうしたと?」 「放せ、馴れ馴れしい」 「冷たか…」 「気安く声、掛けないで」 「隣の席ってだけで、私たち何の関わりも無いんだから」 私がそう続けると、彼は不思議そうな顔をしながら私の方を覗き込んだ。確かに彼はびっくりするくらい整った顔をしているけれど、だからって、何をしたっていい訳じゃない。私がそう心の中でごちていると、何を思ったか彼は私の両脇に手を入れて、そうして持ち上げて抱き留めた。視界が恐ろしく高いのは、言うまでもない。 「…キスばした仲たい」 ぴったりと私に視線を合わせて、彼は恐ろしい言葉を紡いだ。 「あ、赤くなったばい。照れてると?」 「違う、そんなんじゃない!」 「むぞらしか」 「そんなのしてない、あんたが勝手に…」 「じゃあ、またすると?」 「は?」 「もっと、キスばせんね」 腕を引いて私の身体ごと近付けようとする彼に、思いきり両手で頬を押し返した。 「ばかじゃないのあんた…!」 必死になって言うと、「やっぱり冷たか」と笑って、彼は私を腕にしまい込んだままその場に座った。相変わらず目線は同じままで、背の低い私に合わされている様で癪だった。 転校生の私と彼が同じクラスになると、後からやってきた私は必然的に彼の隣の空席へ座ることとなった。背の低い私と背の高い彼を見較べて渡邊先生は「でこぼこコンビ」なんて言って笑ったけれど、私はちっとも面白く無かった。隣の彼、千歳千里は私を事あるごとに構いたがって、さぼりがちだったという授業にもそれなりに参加するようになったから、私は何故だかよく感謝されたりした。 「小さくてむぞらしか」 「小さく無い」 「……」 「……」 「本気たい」 「……」 「本気で、好いとうよ」 「聞きたくない」 「まだ信じてくれんとね?」 彼が初めて私に好きだと言ったのは、もう随分前になる。私は「嘘だ」と言ったのだけれど、彼は本気だとしつこい。 どうせ私に対する好きは、小さな動物や妹への愛情なんかと、一緒なんだ。私は以前にだって、そういう理由で好きだとか嫌いだとか言われたことがある。だから、わかるんだ。 「うるさい、あんたみたいな大きい奴は、背の高い子と付き合えばいいの」 「けど、」 「わ、私みたいなの、どうせ…」 「……」 「からかって、遊んでるんだよ、千歳は」 「……」 「なのに、なんでキスなんかしたの…?」 冷たい瞳も、棘のついた言葉も全部、私が傷付くのが怖いからで、だからいつまで経っても本当のことは言えない。 素直な言葉を口にしようとすれば、一緒に涙まで出てきてしまいそうで、それが何だか怖いんだ。 「嘘じゃなかと」 「……」 「好いとうよ」 「……」 「キスばしたのは、それだけたい」 目の前にある千歳の瞳が、私をじっと見つめる。絶えられなくなって顔を逸らすと、今度は両手で頬を挟まれて、また彼と向き合うことになった。眉を寄せて瞳だけ逸らすと、彼がはあと溜息を吐いたから、思わずビクッと身体が揺れた。 「…どうしたら信じてくれると?」 「え?」 「何でもするったい」 「…本当に?」 「ん」 「わ、私の靴舐めろとかでも?」 私が試しにそう言ってみると、彼は本当に私の片足に顔を近付けようとしたから、慌てて制止した。 「う、嘘だよ!」「嘘じゃなか」「違くて、今私が言ったのが嘘!」そんなやり取りをすると、下を向いていた彼がこちらを見上げる。いつもとは逆の風景に、見下ろす彼の顔があんまり真剣にこちらを見るから、私はまた顔を逸らしそうになった。 屋上には相変わらず冷たい風が吹いているのに、私の身体は妙に熱かった。 好きになったら負けだって、何処かで聞いたことがある。 「わ、私のこと、本当に好きなら」 「……」 「もう一回 キスして、よ」 だから私は多分、とっくに負けていたんだと思う。 (101229:ツンデレ!) |