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切れ長の彼の鋭い目が私に向くとき、少しだけ垂れ下がる。それは私が特別である、その証だった。


「おいで」


ただいまの声を聞いて飛び出して行けば、カズヤがそう呼んだから、すぐにそのまま飛びついた。よろけることも無く私を軽々と受け止めて、もう一度「ただいま」と言うから、私はそのまま蕩けていってしまいそうな気持ちになった。多分幸せっていうのは、こういう気持ちを指すんだと思う。
カズヤは朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくることが常だった。テニスの為に一日の、寧ろ人生の殆どを費やしているカズヤは、家にいるよりもテニスコートにいる時間の方が長いのでは無いかと思わせるほどであった。だから、私はカズヤと一緒に居ることの出来る少しの間を心底大事にしている。寂しくないと言えば、勿論嘘になるけれど、かといってそんなことをカズヤに伝えられるほど、無神経でも無い。
私は、カズヤのテニスを誰より応援している。


「いい子にしていたか」


私のふわふわした毛を撫でながら、カズヤがそう聞くので、私は必死になって頷いた。まるで子供扱いをされているのに、全くと言っていいほど、嫌だという気持ちは起きなかった。撫でられる頭の感触に目を閉じると、カズヤが「気持ちよさそうだな」と私の思っている通りのことを口にして、笑う。
カズヤと私が、恋人同士なんてことは決してない。私はカズヤが大好きであったし、カズヤにとっても私が大切であるのは間違いなかったけれど、何かしらの関係を当て嵌めるとすれば、やはり家族というのが一番しっくりときた。私は大体の場合、カズヤと向き合って食事を取るし、いってらっしゃいとおかえりなさいを言うときには、必ず玄関まで出ていってカズヤに飛びついた。決してわがままは言わなかった。寂しいなどと口にしたことは一度も無い。毎日朝と夜の少しの間だけ、カズヤが目を細めてその綺麗な顔に微笑を讃えるのを、見ているだけで幸せだった。

カズヤが長い合宿に行くと言ったのは、ある日の午後のことであった。
大きな荷物を準備しているカズヤへ、不思議がって顔を向けると、「U-17選抜の合宿があるんだ」とカズヤは教えてくれた。あんだーせぶんてぃーん?と、私が聞き慣れない単語に首を傾げると、彼は「テニスの上手い奴がたくさん来るんだ」と、平易な言葉に言い代えて、そうして私の頭を撫でた。
私は私といる時以外のカズヤを私は知らないから、彼がよく私の頭を撫でたがる、綺麗な顔をした優しい男の子であるということ以外には、何も知らない。けれど、それでいい。それ以上、何も要らない。


「構ってやれなくて悪いな」
「……」
「いい子にしていろよ」


彼の足元の黄色いボールを両手で転がしながら、俯いた。行かないで、なんて言えるわけが無い。寂しくて死ぬなんてことは決して無いけれど、けれどこの小さな胸の奥が、ぎゅっと苦しくなることくらい、私にだってある。
ころころと黄色いテニスボールが転がって、カズヤの手に触れた。彼がこちらを向くので、駄々をこねるみたいに転がしていたそれの存在が恥ずかしくて、押しのけるようにして彼の腕に抱き着いた。嫌がられていないだろうか、なんて不安を纏いながらカズヤを伺い見る。彼は少しだけ驚いたような顔をして、「仕方がないな」なんて切れ長の鋭い目を私に向けた。そうしてその端を少しだけ下げて、笑った。


「かわいい」


彼にはとんでもなく似合わないその言葉が、私を何より幸せにしてくれる。ぼっと火が付くように頬が熱くなる。恥ずかしくなって更に俯いた私を抱きかかえるようにした彼が鏡に映って、やっぱり彼には私が一番似合うって、そう頷いた。これは決して自惚れなんかじゃ無い。


『ちゃんと、いい子で待っているよ。だから、なるべくはやく帰ってきてね』
「早く寝ないとな」
『だいすき』
「おやすみ」
『伝わったら、いいのに』
「……」
『伝わるわけ、ないか』
「……」
『…おやすみ』








さびしいなんて理由で
うさぎはしんだりしない




寂しさでウサギが死ぬなんていうのは真っ赤な嘘だ。現に、彼が合宿へ行って何日目かの今日も、私は生きている。
けれど、寂しくないなんて言えば、それも真っ赤な嘘だ。
早く彼が玄関を潜って、そうして「ただいま」と私を撫でればいい。きっと切れ長の彼の鋭い目は、少しだけ垂れ下がる。それでいい。それ以上、何も要らない。
私は、彼の特別なのだから。



(100620 みゅうたさんへ)
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