<META NAME=”ROBOTS” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”><META NAME=”GOOGLEBOT” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”>テキスト | ナノ
「じゃあ、」
「うん。」
「いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
「…なあ!」
「うん?」
「ちゃんと、帰ってこいよ」

「…うん。」



10年
3652日、
87648時間、
5258880分、
315532800秒


彼女はゆっくりと、眼を閉じた。







拝啓、あなた様







「ごめんね、名前ちゃん」
『いいえ、お仕事なら仕方ないじゃないですか』
「うん…」
『さっきの、』
「うん?」
『さっき一緒にいた人、すごく綺麗な人でしたね』


プツリ。音を立てて電話は途切れた。自室の中は冷房によって冷やされているのにもかかわらず、笹塚衛士は米神から汗が伝うのをまざまざと感じていた。「通話終了 1分37秒」と映し出された画面を見つめていると、部屋の奥にいる彼女は、コーヒーを片手にクスクスと笑い始めた。


「…何が可笑しいわけ」
「いいや、ちょっと思い出し笑いを」
「こっちは誰かさんのせいで大変なことになってるけど」
「ああ、名前ちゃんはなんて?」
「“さっき一緒にいた人、すごくきれいでしたね”って。」
「本当に?それは嬉しいこと言ってくれるね」


「でもまさか、鉢会ってしまうなんて思わなくて。忘れていたの、でも思い出したわ。」
笹塚の少し慌てたような姿を、彼女は過去の自分と照らし合わせながら思い出して、笑っていたのだった。呆れたような笹塚の顔が可笑しくて、笑いは一層大きなものとなった。
笹塚はゆっくりとその場に腰をおろしてアイスコーヒーを啜った。急に、本当に急に訪問してきた彼女は、一切全くちっとも、悪びれる様子も無い。ただ嬉しそうに笑いながら、そこにいた。「明日には、ちゃんと埋め合わせしてあげてね。折角、衛士さんの為にケーキ焼いてたんだから、名前ちゃん。」確か、今頃泣いているんじゃなかったかな、と続ける。大きく溜息を洩らすと、彼女はまた笑った。


「で、何しに来たの。」
「何しにって?」
「わざわざ来るからには、何かあったんじゃないの」
「さあ?」
「さあって…」
「基本的にね、今の衛士さんが知りえないようなことはあまり言えないようになってるの。」
「へえ」
「でも…よく、信じたね?」
「何が?」
「私の、言ってることとか。」

俯きながら言う彼女に、「だって、そんなに変わってないし。大分ふてぶてしくはなったけど」そう告げれば、不服そうに唇を尖らせた。

(そういう所が、変わってないんだよ)

笹塚はそう思いながらも、口にすることはなかった。「話せないって、ちっとも?」代わりに、気になったことを口にすれば、「ううん、プロテクターみたいなものがプログラムされていて、その基準によるかな。どの程度の基準なのかは、私にもよくわからないんだけど。」こういう風に誰かを訪ねるの、はじめてだから。彼女はそう言いながら、グラスのコーヒーを飲み干す為に、顔を上に向けてグラスを傾けた。シャッターの向こう側から漏れる太陽光が、フローリングに模様をつくっている。何も無い部屋の中で、屈折することなく縞模様は描かれていた。蝉の声が聞こえると、彼女は「夏だね。」と言った。


「…そっちでも、蝉って鳴いてる?」
「え?ああ。ミンミンジージー煩いよ。」
「ふうん、そういう質問はいいんだ」
「そうみたい。」
「元気にしてるか?」
「え、…だ、れが」
「まあ、みんな」
「ああ、…うん。そこそこかな」
「へえ」


「以外と緩いもんなんだな、プロテクターってのは。」
空になったグラスを流しへ運びながらそう笹塚が言えば、彼女は「そうみたいだね。」とだけ言った。少し首を捻るようにしてから、「答えられるのかわかんないけど、」ひとつ聞いていいかと改めて笹塚が問いかければ、彼女は「答えられるかわかんないけど。」と反複するように返した。


「ヒグチって、どうしてるか知ってる?」
「え、」
「えっと…29か。」
「うん。でもどうって、どう?」
「ああ、結婚してるとか、」
「ああ、成程。」
「なんていうか、あいつはにはさ、」
「うん。」
「家族がいたらいいって、」
「私もよく思ってた。でも、大丈夫。安心していいよ。」
「…まじで?」
「うん。結婚もしてるし、子供もいる。」
「へえ、そうか。」


「良かった」
笹塚は呟くように言った。話題に上った彼の生い立ちをよく知っていれば、当然のことかもしれない。「そういうの、ユ…ヒグチには言っちゃだめなんだからね?」彼女がそう言うのを聞いて、「別に言っても冗談にしか受けっとってもらえないだろうけど」そう返す。「でも、衛士さんは私が突然来たって直ぐに言うこと鵜呑みにしたじゃない。」軽く咎めるようにそう言った彼女を、ぼんやりと見つめる。突如現れた彼女が、一体何の為に会いに来たのか。依然としてわからないまま、くつろぐ彼女の元へ近づいて、再度腰を下ろした。
「何しに来たの、本当に。」
そうもう一度聞けば、彼女はこちらを見つめて、「私と同い年になった衛士さんをお祝いしに。」と茶化すように言ったから、これはどうにも、彼女の真意を聞きだすのは難しそうだと遠くを見やった。


「お誕生日おめでとうございます」
「…そりゃどーも。」
「ちっともどうも、なんて思ってない。」
「いやいやいや」
「まあ、いいけどさ。」
「だって、その為に来たんじゃないだろ?」
「…その為でも、あるもの。」


(また、そうやって口を尖らせる)

本当に自分と同い年になっているのだろうか、目の前の彼女に視線を向ける。彼女が言葉を続けるのを待って、何も言わないでおいた。グラスを流しに置いてきてしまったのは失敗だった。どうにも手持無沙汰で、沈黙が痛いというわけでも無いが、妙に落ち着かなかった。


「私のこと、ずっと、どう思ってたのかなって」
「うん?」
「気になってたから。31歳の笹塚衛士さんに聞きたくて。」
「…へえ」
「正直、怖かった。私は」
「何が?」

「…私は貴方の妹じゃない。」

真っ直ぐ此方を見た彼女に、今日会って初めて、笹塚は10年という時間を感じた。
笹塚が息を呑むのを、彼女はただ黙って聞いた。やはり、という落胆に似た安堵を感じながら。「ありがとう、会えて良かった。本当に。」そう言って立ち上がる。もうそろそろ戻らなければならないと思っていた。「ちゃんと、帰ってこいよ」という声が、頭の中に響いている。


「確かに、そういう部分は、あるのかもしれない。」


細かく途切れた笹塚の声を聞いて、彼女はいよいよ自らやって来たこの時代から逃げ出したくなっていた。


「…うん。」
「でも、違う。」
「え、」
「妹は、死んだんだ。もう、いない。」
「……」
「妹の代わりになるものなんて、無い。」
「……」
「だけど、君の代わりだっていない。」

「ちゃんと、     」


「名前。」
呼びかけられて、はっとする。
泣くほどのことかと尋ねられて、彼女ははじめて自分が泣いていることに気が付いた。彼の言葉の、どの部分に涙したのか、思考の絡まりあった脳内を稼働させる。大きく息を吸って、それから吐いて。「ありがとう」といえば、笹塚は驚いたように目を見開いて、そして笑った。


「ありがとう、会えて良かった。本当に。」


彼女が、名前が、心からの言葉を吐き出せば、「こちらこそ、どーも。」と、いつもの調子で、笹塚は返した。
立ち上がったままの彼女が、部屋の外へと通じる、玄関の方へ歩き出す。それに倣うようにして、笹塚はあとに続いた。振り向いた彼女は、「お邪魔しました。」と笑う。「いや、」と短い言葉を発してから笹塚は「また来るの?」と尋ねる。彼女は首を振った。「もう二度と、ここへは来ない。」だって、ここには名前ちゃんがいるもの。そう答える。


「あなたに逢えて、本当によかった。」
「…永遠の別れみたいだな」
「31歳の衛士さんとは、永遠の別れじゃない」
「……」
「…衛士さん?」
「いや、いい。」
「なにが?」
「すぐに行くから。」



彼女は、大きく目を見開いた。



「ええ、待ってる!すぐに来て!」

飛び出すように、彼女はドアを開けて外へと走り出した。視界が曇って仕方なかった。すれ違う人も、よく見えない。ただ高ぶるように、彼に、笹塚衛士という人に出逢えたことを、彼を好きになれたことを噛みしめるように、歯を食いしばって、走った。そうしているうちに、次第に、涙は乾いていく。伝う跡だけ、残したままで。


「わっ」
「きゃっ」
「すみません、私、前を見ていなくて…、あ!」
「私もすみません。あ、さっき衛士さんと一緒にいた…!」
「あ、はい。ええと、名前ちゃん。」
「な、なんで名前」
「衛、…笹塚さんから、よく聞くから。貴女のこと。」
「え、衛士さんから?」
「あなたのこと、とても愛してるって。」
「…う、嘘!」
「本当。それに貴女、何か勘違いしているのかもしれないけれど」
「……」
「私には旦那も子供もいるの。だから貴女の衛士さんを盗ったりしないわ。」



「ねえ、貴女の携帯鳴ってるわよ?」
そう指摘すると、名前は慌てたように携帯を取り出す。声が漏れてくるのを盗み聞くように、彼女は耳を澄ませた。嬉しそうな名前と、電話越しには先程まで対面していたその人に声がする。


「はい!すぐに行きます」
『うん、待ってる』
「はい!走っていきますね」
『…気をつけてね』


息苦しくなるような光景だった。懐かしくて、儚くて、虚しい。電話を終えた名前は、ぺこりと彼女にお辞儀をして、走り出そうとする。「ちょっと待って!」焦燥に満ちた声で、彼女は名前を呼びとめる。


「あのね、」
「はい?なんですか。」
「忘れてくれて構わないから、聞いてくれないかしら?」
「え、はい。なんでしょう?」
「貴女が生きていく上で、これから辛いことがたくさんあると思うの。」
「はあ…」
「勿論楽しいことも幸せなことも、たくさんあるわ。」
「はい」
「でも、色んなことを後悔したり、息ができない程に辛かったり。」
「……」
「けれど貴女の思うように生きて。貴女が選ぶ道はひとつも間違いじゃない。」
「……」

「精一杯に、彼を愛して。」


ゆっくりと頭をさげると名前は焦ったように「顔をあげてください!」と言った。若干眉を寄せながら「あなたが何を言いたいのかよくわからないけれど、」と、続ける。


「人をはじめて好きになりました。」
「うん」
「私は、…衛士さんを愛しています、から、」
「……」
「ええと、あなたもどうか、旦那さんとお子さんと、お幸せに。」

「ええ、ありがとう …ありがとう。」


「さようなら」と彼女は振り返り、歩き出す。背中越しに、「どうしてそんな、私のこと、知っている風なんですか?」と、叫ぶような声がした。再度振り返る。大学生の姿の、10年前の私に、私は叫ぶようにして答えた。


「何でも知っているわ!だって未来からきたんだもの!」






敬具








「おかえり。」
「うん、ただいま。」
「…はあ」
「どうしたの?溜息なんて」
「帰ってきてくれて、よかった。」


科学技術の発展は目覚ましいもので、遂に人類念願の、所謂「タイムマシーン」というやつが、1980年から極秘に製作にあたっていたチームにより開発された。歴史探査等に多大な影響を与えることとなり、電子化された教科書には、偉人の姿が写真という形で掲載されることとなった。歴史の改変等に使われかねないとの危惧する声も多数挙がったが、プログラムにより制御される為、そういった行為が行われることは無く、小型化され家庭にも備え付けられるほどの大きさにまで改良された装置によって、国内旅行、海外旅行、宇宙旅行と発展してきた旅行産業が、遂に「時間旅行」のプランを打ち出すのも、そう遅くないことだと言われている。


「無理言ってごめんね。そのうちに一般人も時間旅行できるようになるとは、思うけど。」
「いいって!だって、今じゃなきゃいけなかったんだから。」
「うん…」
「でも、心配した。」
「うん。でも行けて良かった。やっと、ちゃんと、わかった気がする。」
「…うん」
「衛士さんは、もう、いないんだよね」
「……」
「でも、衛士さんの代わりになるものなんて無いの。」
「……」
「だけど、あなたは代わりなんかじゃないよ?」
「え」
「ずっと、ごめんね。」


「ちゃんと、愛してるよ。」


今の私も、ちゃんと幸せに、 生きている。
私が生きていく上で、これからも辛いことがたくさんあるだろう。勿論楽しいことも幸せなことも、たくさんある。でも、色んなことを後悔したり、息ができない程に辛かったり。
けれど私の思うように生きる。私がが選ぶ道はきっと、ひとつも間違いじゃない。



「ありがとう、ずっと、傍にいてくれて。」
「あ、ああ俺もあ「ヒグチー!貴様仕事は終わらせておくようにとあれ程…!」
「笛吹さん。いらっしゃい。」
「ああ、邪魔するぞ!」
「勝手に上がってしまってすみません。」
「いえ、気にしないでください筑紫さん。」
「…行ってこられたんですか」
「ええ。」
「そうですか」
「……。」
「そういえば、」
「はい?」
「桂木さんたちも後から来るそうですよ。」
「ええ!まだなんのお料理も作り始めてないのに!」
「…手伝いましょう。」





(追伸 私はとても、幸せに暮らしています。)
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