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耳の内側から誰かが蓋をしてくれているような気がした。

あんなにすきだったのにねなんて、嘲笑うかのように列車は揺れた。もうきっと過去も未来も無くて、耳に入ってくる音は膜を張った向こう側に流れているみたいだった。大好きなバンドがどうして失恋ばかりを歌ったのかなんて、今となっては想いを重ねるだけで、それだけ。
赤いリボンのついたパンプスを、次にお出掛けする時に履こうと思っていたのだけど、その機会はもうないみたいだから、意を決すようにして白い箱にしまわれたそれを取り出して履いた。

彼は今何をしているだろうか。




新幹線の揺れ、というよりなだらかな揺さぶりが、どうも苦手だった。中学生の時の修学旅行の際には、お昼を吐き戻してしまったけれど、どうにも今回は吐き出すものが無いみたいだからよかった。
失恋の痛手というやつでご飯が食べられなくなるというのはよく聞いた話だったけれど、まさか自分がそうなるとは考えたこともなかったし、ご飯を食べてみたら胃のところまでいって全部戻ってきてしまったから、それ以来あの嘔吐感に襲われるのが嫌で、ゼリー状のものとか、そういうもので全部を済ませていた。
痩せたのはまあ、嬉しかった。



「甲子園って、どうやって行くの?」

そう聞いたのは、多分6月くらいのことだ。彼は「そりゃ、予選で勝ち抜いてー…」と説明し始めたけれど、聞きたいのはそういうことでは無くて、単純に路線だとかそういうことだった。それでも彼があまり楽しそうに話すから、ただ黙ってそれを聞きながら、携帯で球場の最寄り駅を調べて、それから乗換時刻表のページで行き方を調べた。大阪まで行くのに、新幹線で15000円くらいした。

「明日からバイト増やすね」

彼の話が終わるのを見計らって言えば、「なんで?」と聞くので、「甲子園まで行くお金が無いんだよ」と答えれば、彼は笑った。「受験勉強しなくていいの?」そんな風に聞くから、「バイトの後にちゃんとするもん」そう口を尖らせた。彼はずいぶん上からこちらを見下ろしながら、満足そうに笑って頭を撫でてくれた。この子はふたつも年下なのにな、と心の中でごちて、それでもなんだか幸せだからそれでいいような気がしてた。





「別れようか」

切り出したのはこちらからだった。
彼の今年の夏が終わって、その翌々日の事だ。元々ふたつも年下の子と付き合っているということに関しては、友人たちにも少し非難を浴びていたし、別れたと言ったら案の定、という顔をされたから少し傷付いた。
あと自分よりも2年も長く続く彼の高校生活に、私という存在が要るのかと考えたら、やっぱり彼の未来には私は居なくて、あのふわふわした髪の毛の、かわいい彼のクラスメイトの女の子が浮かび上がるものだから、別れるというのは彼のためのような気がしたし、でも実際はやはり自分自身のためだった。




「お世話になりました」

高校1年生からの約2年半の間、アルバイトとしてお世話になったガソリンスタンドにお別れを告げたのは、7月の終わりだった。学校でも夏期補講の予定はびっしり組まれていたけれど、少しの間ただ抜け殻みたいに自堕落的な生活を送った。毎日メールが何通も届いて、「どうして補講来ないの」や、「どこにいるの」という文字が連なっていて、それを削除していくことと、テレビで甲子園の様子を観ることだけが日課になりつつあった。

何日か過ぎると、どうやら私は失踪したことになっているようで、家にご近所の後輩である浜田くんと泉くんが来た。来たけれど、出なかった。
「どこにいるんすか。連絡ください」
そうやって残された留守電を3回ほど聞いたあとに削除して、それから通帳を見て思い立った私は、通帳と財布とパンツとブラジャーとTシャツとスカートとホットパンツだけを鞄に詰めて、家を飛び出した。お金をおろしてから高崎線に飛び乗って、上野で降りて山手線に乗り換える。東京駅まで、450円。学校へはバス通学だったから、電車に乗ったのは少しだけ久しぶりのことだった。
新幹線のぞみで、新大阪を目指す。自分でも何がしたいのかわからなかった。
だけれどまだ、まだ終わっていない気がして、何が終わっていないのかもよくわからないのに、新幹線に飛び乗った。
甲子園という場所に行ったら、何かが変わるような、そんな気がしていた。

新大阪から、梅田へ。梅田から、そのあとの乗り換えを調べる為に駅のホームで携帯を弄っていると、急に画面が切り替わるから、思わず操作ボタンの真ん中の、選択ボタンを押してしまって、携帯電話は通話中になってしまった。誰からだかわからない。浜田くんからだろうか、とにかく出てしまったものは仕方ないと思って、耳に携帯を押し付ける。
「もしもし」と言うと、「どこにいるんだよ!」と急に怒鳴られたから、驚いた。


「てゆうかごめんなさい、誰?」
「は?」
「え、あの」
「オレの番号消したの?」
「え?」
「…ミズタニ、ですけど」
「え」


「急にかかってきたから名前見ずに出ちゃって」そう言えば電話の向こう側から「なんだ、」と少し落ち込んだような声がした。


「…俺だからかと思った」
「え、なに?」
「俺が電話したから出てくれたのかと思った」
「……」
「浜田とか、電話しても出ないし、家にもいないって」
「うん」
「何処いんの?」
「えっと、梅田?」
「どこだよそれ」
「大阪だよ」
「大阪?!」
「うん」
「ひとりで?」
「…うん」


「何してんの…」
ぐったりとしたようにフミキが言ったから、何だか申し訳なくなったけど、だだ黙っていた。特に言うことも、無い。もう、何にも無いんだ。


「なんでまた大阪…?」
「甲子園、見に行こうと思って」
「ああ…そんな野球好きだったっけ」
「え、うん」
「そうだっけ」
「好きだったよ」
「え?」
「大好きだった」
「……」


電話口の向こう側で彼が息を呑んだのが、本当は手を取るようにわかっていたのに わからない振りをした。暫く二人とも、無言でいた。初めて見る梅田の駅で、両目をしきりに動かしながら、ただ、声が漏れないようにだけ努めた。


「あのさ!」
「えっなに」
「ごめんな!」
「なに、が」
「甲子園連れて行くって、約束守れなくて」
「…いいよ」
「でも、ごめん」
「だからいいって」
「…謝らして」
「……」
「ほんとごめん」
「いいよ、別に…なんか結局、甲子園行くし」
「そっか、そうだよなあ」
「うん」


これ以上、言えることなんて何も無い。
話すことなんて無いはずなのに、中々終話ボタンが押せないのは、多分 これが最後になるからだ。それが、お互いによく、わかっていたからだ。


「…気をつけて、な」
「何に?」
「なんか、いろいろ」
「いろいろ?…うん、わかった」
「あとメールとか、返してやんなよ」
「うん、ごめんて言っておいて」
「わかった」
「じゃあね」
「……」
「切るよ?」
「……」
「……」
「…じゃあ、」



「俺ほんとに好きだったよ」



目を見開いた。
丁度、阪神本線の、山陽姫路行きがホームに流れ込んできて、風が勢いよく吹いた。目が乾いて痛くて、まばたきをしたらぽろりとひとつぶ零れたけれど、そのままにした。
ガタンガタンという電車の音が、携帯とは反対側の耳から入ってきているのに、何だか耳の中から蓋をされているようで、ちっとも体の中には入ってくる気配がなかった。


「ごめん、電車の音でよく聞こえなかった。」


そう言ってそのまま携帯を耳から離して、電源ボタンを長押しした。画面が真っ暗になって、私はそのまま電車に乗った。
その日見た試合で、神奈川の高校が甲子園優勝を決めた。球場に歓声が舞った。誰かが喜ぶのではなくて、誰かが悲しむのをただぼうっと見ていた。
夏が、球児達の夏が、高校三年の私の夏が、彼との3ヶ月が、彼への想いが、
ただ、終わったなあと思った。



「…帰ったら勉強しなきゃなあ」



自分ではそう言ったつもりだったけれど、耳の内側から誰かが蓋をしてくれているみたいで、自分の声もよく聞こえなかった。どうやらまた歓声が上がっているような様子だったけれど、それもよく聞こえなかった。
これじゃあセンター試験のリスニングテストは受けられないなと思いながら、携帯電話を開いて電源を入れて、ミズタニフミキを削除した。彼とよく聴いたバンドの曲をiPodから流してみたけど、やっぱりよく聞こえなくて、それから目を閉じた。


私という私が、塞がっていくのがよくわかった。
終わりというのはつまり、閉鎖なんだな と、そう思って、私は私以外の全てを私から塞いで削除した。



14860

さいたま新都心から、終わりを手に入れるまでにかかる運賃。



(080917)
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