<META NAME=”ROBOTS” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”><META NAME=”GOOGLEBOT” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”>テキスト | ナノ

「……なにしてるんだ?」
ああ、キョンくん。こんにちは。
言葉に出せないのでとりあえず心の中で呟いた。「キョンくんこそ、さぼりだね」と 有希に買って貰った可愛らしい手帳サイズのメモ帳に書いて見せると、「まあ、そうだが…」と言葉を濁した。「涼宮さんが不機嫌になるよ」と書けば、「保健室に行ってることになってるからな、大丈夫だろう」と、自分に言い聞かせるように頷いた。
「赤点やばいんじゃないの?授業きかなくて大丈夫?」と書けば、俺は戻ったほうがいいのかと尋ねられて、別にそういうわけじゃないと首を横にふると、それならいいだろうとあたしの隣に腰を降ろした。午後の文芸部の、もといSOS団の部室はぽかぽかしていて長閑だった。昼休みは有希とここで過ごして、あたしはそのままここに残ると伝えたら「わかった」とだけ呟いて有希は教室へ戻っていった。多分、保健室にいったことにしておいてくれていると思う。
「それは、お前もじゃないのか?授業は聞いたほうがいいだろう」彼がそう言うので「元の世界ではこれでも一応進学校にいたから」と書けば彼は「やっぱり俺だけか」と呟くように言った。
「古泉にお前の話聞いたときは驚いたが、」
――「あたしも来たとき驚いたよ」
「ま、SOS団で唯一話が通じる奴が来てくれて俺としては嬉しい限りだ」
――「みんなちょっとズレてるしね」
「ハルヒを恨んだりしないのか」
――「なんで?」
「そりゃ、ハルヒのせいで知らん世界に来させられた上に話せないとまできたら…」
「寧ろ感謝してるけどね」と書いてみせれば、キョンくんは顔をしかめた。話せないのは残念だけど、と書き足せば、「そんなもんか」と聞くのでそうだと頷いてみせた。
しばらくの間沈黙した。というのも、キョンくんが何か考えるこむように窓の外に目を向けているからだった。ここに来てから音や声に敏感になったと思う。あたり前に今まであったはずの声というものが突如としてなくなって、その有り難さにようやく気付いたりしたのだ。失ってその価値に気付くというのはよくあることだが、身を持って体験した。
静かだ、と思った。
静寂を打ち破るように「あのさ、」と呟くキョンくんのほうへと目を向けると「ごめん」と言いながらあたしからメモ帳を奪って、それをキョンくんの後方へと置いてしまった。何だ?と思って目を細めるともう一度「ごめん」と呟いた後に、
「さっきの長門との話、聞いちまったんだ」
そう言った。
一瞬自分でもよくわかる程目を見開いたけれど、いつになく真剣な顔のキョンくんに苦笑しながら、「そっか」と声の出ない言葉を発した。「悪い」となおも謝るキョンくんにふるふると首を振れば、「あの話、本当なのか?」と尋ねるので、あたしはゆっくりと頷いた。








「話がある」
昼休みのことだ。有希がそう言うのでふたりでお弁当を持って部室へとやってきた。ここに来てから、何かと有希は手助けしてくれて、口数は少ないけれど本当に優しい子だとわかった。何より、口数の少ない有希相手だからこそ、待たせないよう焦ることなく筆談でもコミュニケーションを図れたから、有希といるのは凄く居心地が良かった。あたしのことはキョンくんには古泉くんが説明してくれ、みくるさんは多分なんとなくではあるけれどわかっているんだと思う。涼宮さんは季節はずれの2人目の転校生を捕まえて嬉しそうだった。喋れないと伝えたら「それは大変ね!なんかあったら言いなさい。団長がなんとかしてあげるわ」と言うものだから 憎めないなあ と思った。一時は執拗に人魚姫のコスプレをさせようとしてきた。みんながとめてくれたからなんとか回避出来たものの、不機嫌になった涼宮さんにまさかとは思ったが、それが原因で閉鎖空間が出来たときには、本当に古泉くんや機関の皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。正直な話、ひどいと思った。自分のせいだとはわかっていないにしろ、声が出ない相手を捕まえて人魚姫はないだろう、と思ってしまったのだ。古泉くんには後から謝りに行った。「貴女のせいじゃないですよ」そう言われて泣きそうになったから急いで下を向いた。一粒だけ涙が落ちた。古泉くんは気付いていないといい、と思いながら、笑ってみせた。ここ最近涙脆くなったような気もする。あと目眩が頻繁に起こる。一度病院で調べたほうがいいかもしれないなどと思いながら、古泉くんの眩しい笑顔が全てを忘れさせてくれるような気がした。
人魚姫と言われるのはあまり嬉しくない。涼宮さんは多分それを可愛いとか綺麗とか言う誉め言葉みたいに使っていると思うけれど。
……だってあれは悲しい話なのだから。

「それで話って?」
部室についてお弁当を広げるあたしの向かい側に座った有希は、何だか焦っているように見えた。一見いつもどうりの無表情で、本当に微々たる変化だから、それに気付く人はあまりいないと思う。「……これを」と有希が差し出したのは、折りたたみ式のサバイバルナイフだった。
これは、何? その意を込めて有希を見ると、少し息を吸い込んで有希は話しはじめた。やはり有希はどこか焦っているように見えた。
「情報統合思念体はあなたのこと、あなたの元居た世界、そしてそれらと涼宮ハルヒの関連性について調査した。それからひとつの結論が出た。」
よく喋るね、などと書く雰囲気にもなれず、ただ黙ったまま有希の話を聞いた。説明するときの有希はよく喋るけれど、無駄が無い喋り方なのだろうと思う。
「あなたに涼宮ハルヒが着せようとしていたコスチュームからして、涼宮ハルヒの人魚に対するイメージとこの世界で一般的に考えられている人魚のイメージは相違が無い。古泉一樹が涼宮ハルヒに人魚姫のイメージを聞き出したところ、童話の中の印象的な場面を挙げただけ。つまりあなたが完全な形で“人魚”で無いのは力の及ぶ範囲を超過したことによる影響と考えるのが、妥当。」
「そしてあなたがここに来たのは涼宮ハルヒの力による為だけではないと情報統合思念体は考えている」
え、と有希の顔をまじまじと見つめると、有希は続けた。やはり焦っている。これは感覚的なものだが、8割方断言出来る。
「あなたは自律進化の可能性を秘めている。涼宮ハルヒと酷似した存在。しかし情報統合思念体の見解としては、あなたは涼宮ハルヒの能力よりも劣り、涼宮ハルヒの能力に影響を及ぼすことは、現段階では不可能としている。そしてあの日閉鎖空間が発生したのは、涼宮ハルヒによるものではない。あなたが、発生源」
目を見開いてから、息をのんだ。
「あなたは自分の意志でここに来た。そこに涼宮ハルヒの願望が重なった」
笑い飛ばそうにも、声が出なかった。
「信じて」という有希に、「確かにあたしはここに来たいと願っていたけれど、それはただの妄想、というか、空想なのだけれど」と書いて見せた。よくよく考えてみれば、涼宮さんも、例えば、人魚姫がいたら楽しいのに!と妄想、もとい空想しているだけで、あたしとあまり変わらないのかもしれない。それにしても自分が自律進化の可能性を秘めているなんて。それは、なんていうか、すごい。
「それはあなたの好きなようにしていい」ポツリと置かれたサバイバルナイフをあたしの目の前に置きなおした。疑問符を浮かべてナイフから有希へと視線を送る。
「有機生命体が他者へ、特に異性へと抱く恋愛感情というものは私には理解しかねる。が、心拍数、体温上昇、瞳の開閉の度合い等のデータから、古泉一樹を対象と断定した。」
「あなたが古泉一樹とお互いを恋愛感情の対象として認める、若しくはあなたが古泉一樹を殺害した場合を除いて、古泉一樹にあなた以外の特定の恋愛感情を持った相手が現れ、そういった関係性を持った時、あなたはこの世界から…消滅する」
それを聞いて、ああやっぱりか と思っただけだったのは、あまりにもとんでもない出来事が立て続けに起こったから、そういう展開に慣れてしまったというのもあるし、そしてどこかでもしかしたらあたしは人魚姫のシナリオどうり動かされているのではないかという気がしていたからだ。「…あなたの生命力は、ここ数日で確実に落ちている。決断は、早いほうがいい。」そこでチャイムが鳴って、有希は席を立った。あたしは手付かずのままのお弁当を小さな手提げの中に入れて、ナイフも一緒にしまった。「午後、サボるね」そう書いて見せると有希はドアの付近で立ち止まってこちらを見つめるので「大丈夫」とだけ書いて笑って見せると「わかった」と呟いて出て行った。
「ごめん」という声が、聞こえたような気がした。




「古泉のこと、好きなのか」
そういう言い方はどうだろう。参ったな、と苦笑した。人間は、要らないことをよく言うと思う。うっかり口が滑って余計なことを言ってしまうだとか、よくあるだろう。有希みたいに必要最低限で話すひとは、なかなかいない。だからこうして話せなくなって、余計なことを言ってしまわなくて済む、というのは有り難いなと思っていた。喋るより書くほうが、その内容をよく考えることが出来る。 メモ帳を指差してキョンくんに返してと合図するとキョンくんは意外にも直ぐに返してくれて「ごめん」と言いながらあたしにそれを渡した。「キョンくん、朝倉さんに殺されそうになったとき、どうだった?」そう書けば、予想していない質問に「は?」と彼は真面目顔から一転して間抜け顔になった。少しかわいい。「どうってそりゃ、…どうだろうな。とりあえず必死だったぞ」その時のことを思い出しているのか、眉を寄せてうーん、と唸っている。「ヒューマノイド・インターフェースには有機生命体の死の概念が理解できるのかな」それを見たキョンくんは「朝倉は確か理解できないというようなことを言っていた気がするが」そう教えてくれた。有希が悲しそうにしていたのは、あたしが死ぬと思っているからかなと考えたが、違うのかもしれないと思った。
「なあ、古泉のこと好きなのか、やっぱり」そうキョンくんがもう一度尋ねてくるので、「それ、こだわるね」と返事をすれば、「んー…」と言葉を濁した。
――「まあ、うん、そうですね」
「そうか」
――「(´・ω・`)」
「…落書きするなよ。緊張感ないな」
――「ごめんなさいね」
「………」
――「キョンくん?」
「………」
――「キョンさん?」
「………」
――「きょーん!」
「…俺だったら良かったのにな」

「そしたらお前はずっとここにいれるのに」

それはどういう意味だと尋ねる間もなくキョンくんは「好きだ」とあたしを抱きしめて、言った。
静かだ、と思った。
そして近くにあるキョンくんの心臓の音だけがやたらとうるさいと思うのに、ひどく落ち着いた。ここに来て楽しくて、ほんとうはずっとここにいたくて、古泉くんがだいすきでだいすきで、消えたくない消えたくない消えたくない!喋れないことを今ほど感謝したことはない。声が出せれば、みっともなく叫びだしてしまいそうだ。そしてキョンくんは馬鹿だなあと思う。王子がキョンくんで人魚があたしだとして、それで結ばれてもハッピーエンドにはならないのだ。神様はそんなこと、許さない。あたし諸とも、この世界が崩壊して、終わり。
体を離してキョンくんを見上げると、泣いていた。多分このひとは、古泉くんに他に好きな子がいるとか、そういうのを知ってるんだろうなあ となんとなく思った。神様に愛された男に愛されるのも、満更じゃない。なんだか幸せだな、と 思った。

あたしは立ち上がって、有希に貰った可愛らしいメモ帳を開いた。急に立ち上がったからか、それだけじゃないのか、酷い目眩に襲われた。筆談生活にも、慣れたものだ。声を失ったかわりにあたしは沢山のものを得た。例えば新しい世界とか、新しい友達とか、人の優しさとか、だいすきな人の、側、とか。

「キョンくん、ありがとう(^∀^)」

一枚の紙を破って渡すと、「んとに、緊張感が感じられん、な」震えた声で笑いながらキョンくんが言うので、あたしも苦笑して、それから部室を出た。
そういえば機関は自律進化の可能性を秘めたあたしを、「神」と呼ぶのだろうか。立派に閉鎖空間も出現させたのだから、呼ばれるのかもしれない。くだらないことを考えながら、プールへと向かった。
相変わらず、風が水面を揺らして太陽が反射するとキラキラ、キラキラと光る。ただこんなに、当たり前にそこにある普通のプールの水がひかるのを綺麗だなんて、思えたのは 初めてだった。上履きと靴下をぬいで足をプールにつけながら、以前有希から借りた「人魚姫」を読んだ。







――にんぎょひめは泡になったあと、くうきのむすめになって、光や風といっしょにさんびゃくねんの間せかいじゅうをとびつづけていいことをたくさんしなければなりません。





「ああ、すきだなあ、こいずみくんのこと」




声にならない想いは、風の娘が彼の所まで運んでくれる、そんな気がした。
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