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「また、会ったね。」


ゴウンゴウンゴウン。
規則的に洗濯機が回る音に重なって声がするのと一緒に、洗濯物の入っていた籠が床に落ちた。
一人暮らしのぼろいアパートで、洗濯機が壊れたのは3日前のことだった。その日は雨で、それでもなけなしの洋服を洗濯しようと、私は部屋干しをも止むを得ないという覚悟に満ちていた。洗濯機の一番大きな、丸くて銀色をしたボタンを押すと、何とも言えない音を立てて、そうしてすぐに洗濯機は動かなくなった。
それが、3日前の 雨の日だった。

「先日は、ありがとうございました」
「いやいや、女の子が困ってるんだから助けてあげるのは当然でしょう!」
「そうですか」
「今日は大丈夫?」
「1度で覚えられますよ、このくらい。」

目の前の湿り気を孕んだオレンジ色の頭に、乾燥機に掛け終わったバスタオルをかけた。彼は、それに驚いたように目をまんまるにさせて、それから新品のタオルみたいにふんわりと笑った。まるでじゃれつくようにそれに包まって、そうしてそのオレンジ頭を撫で付けた。
この寂れたランドリーに来たのは3日前が初めてで、そもそもコインランドリーというのを利用したのは、それが初めてのことだった。
大学に入って一人暮らしを始めるにあたって、両親に無理を言って実家を出た手前、生活費は自己負担という約束になっていた。それでも何か家電のひとつくらい、そう言ってくれた両親に頼んだのは洗濯機だった。だからこれまで、このランドリーに来ることは無かったのだ。

「君は雨の日には此処にくるの?」
「たまたま洗濯をするのが雨の日だっただけです」
「一人暮らし?洗濯機無いんだ?」
「……壊れました」
「そう、それはラッキーだったね!」

どうしてと尋ねれば、「だって、俺と出会えたじゃない!」そう言って彼はバスタオルの合間から顔を覗かせて、また笑った。
彼は軟派な人なのだと、思う。
壊れた洗濯機に肩を落としながら、それでも洗濯物を片付けようとランドリーに訪れた3日前の私は、この軟派な彼に助けられていた。びっしょりと濡れた頭で、どうやら雨宿りにとこのランドリーに飛び込んできた彼は、ランドリーに設置されている旧型の洗濯機に戸惑う私に、声を掛けてきたのだった。


「今日は雨宿りではないんですね」
「そう、俺の部屋洗濯機無いんだよねー」
「そうなんですか」
「それにしても、今日はラッキーだったなあ!」
「はい?」
「また、会えたから。」

なんだか今日も、来ている気がしたんだ。
袋の中身を洗濯機の中にぶちまけながら、彼は備え付けの硬いソファに座る私を見て言った。その中から一枚だけ薄ピンクのタオルが落ちて、それに気付いた彼はそれを拾い上げるとまた洗濯機の中に放り投げて、へらりと笑った。なんだか格好のつかない人だな、と思って、可笑しくて私も笑った。
ゴウンゴウンゴウン。


「ねえ、もう洗濯終わり?」
「ええ、でも」
「でも?」
「あなたが洗濯するのなら、もう少し居てもいいですか?」
「え、それって…」
「私、好きなんです。洗濯機。」

ゴウンゴウンゴウン。
洗濯機が唸る。彼は瞳をぱちぱちと瞬かせて「洗濯機、が?」と尋ねるので、私は頷いてみせた。
洗濯機が好きなのは、もうずっと前からのことだ。
何が良いって、まず音が良い。ゴウンゴウンゴウン、規則的に唸るその音と、それからぴしゃり、だとかざぶり、なんていう水音。それで、ぐるぐると回って、洋服やタオルや靴下が何だかわからないくらいにぐるぐると回っているのを見ていると、どうしようもなく落ち着くのだ。独りが寂しい日にも、失恋した日にも、不安に潰れそうな夜にも、洗濯機を回してその前に三角を作って座っていると、なんだか満たされてゆっくりと眠りに落ちていけるような気がしているのだ。

「洗濯機はお母さんのお腹の中みたいだから、落ち着くんだって、何かで聞いたような気がします」
「へえ、そうなんだ」
「だから、あなたの洗濯物が回るのも、見ていていいですか」
「いいけど、俺も暇だから、少し話そうよ。さっきから、そう誘おうと思ってたんだ。」


ゴウンゴウンゴウン。
彼の誘いに、私は頷いた。洗濯機が回る音に馴染んだ彼の声は、重くも軽くも無くて、嫌な印象は微塵も受けなかった。
外からは雨の音がして、目の前からは洗濯機の唸る声がして、隣からは彼の声が聞こえた。ランドリーには、硬いソファと自販機が一台あるだけで、あとは本当に洗濯機しか無い。それでも次から次へと、水みたいに溢れてくる彼の声は心地よくて、私はそれに頷くだけで落ち着いた。

「じゃあ、ここからは結構離れているんですね、お家」
「うん、そうだね、結構遠かったなあ」
「もっと近くにコインランドリーありますよ、私ここへ来るときこの辺のコインランドリーの場所調べたんですけど、」
「知ってるよ」
「え?」
「駅の近くのファミマの横。」
「そうです、それ」
「俺の住んでるアパート、その横だから」
「え…」

ゴウンゴウンゴウン、ピー。
乾燥機が高い声を上げて止まると、彼は立ち上がって乾いた洋服やタオルや靴下を、おおきな袋に閉まっていった。
「どうして、こっちまで来たんですか?」
彼の背中に問いかけると、彼は振り返って笑った。
「この間、ここに忘れ物をしたからかな。」
袋のジッパーを閉じると、彼はそれを肩に掛けて私の目の前までやって来た。


「千石清純。」
「え?」
「俺の名前。せいじゅんって書いて、清純。」
「ああ、ええと、はい。」
「この間、君の名前も連絡先も聞き忘れちゃったからさ」
「あ…」
「ここに来れば、会えるかと思って。」
「はい」
「本当に会えるなんて、やっぱり俺はラッキーだよ」



「君の洗濯機がまだ直っていなくて、本当に良かった。」
彼はやっぱり、真新しいタオルみたいに ふんわり笑った。
いつの間にか雨の音も、洗濯機の音も止んでいるのに、規則正しい胸の鼓動が 煩かった。



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