<META NAME=”ROBOTS” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”><META NAME=”GOOGLEBOT” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”>テキスト | ナノ



「樹海ってかんじ。行ったことないけど」


その一週間は、ずっと雨だった。
慢性的に引き起こる頭痛にも慣れてきた頃合いで、痛いのか痛くないのかもうよくわからなくなっていた。その部屋には本当に何もなくて、大きなものといえば足の細い薄くて硬いベッドにタオルケットが無造作に置かれているのと、あとは備え付けの冷蔵庫と、薄っぺらい液晶テレビが床に直接置かれているくらいだった。だから特に、彼の学生服が打ちっぱなしの壁にかけられているのが不自然だった。
この一週間の間、毎日特にすることもなく、ただテレビを見たりそれについてくだらない話をしたり、セックスをするだけで、本当に何もなかった。
そこには本当に、何もなかった。


「ねえ」
「あー…?」
「ちょっと、出てくる」
「どこにですかィ」
「ツタヤ」


「へえ」と興味無さそうに彼は吐き出すような返事をした。「ツタヤがどこにあるかわかりやすか」そう聞くので、「ああ、そういえば知らない」と呟くと 彼は何も言わずに床に落ちたTシャツを着た。私はキャミソールにスカートという状態だったけれど、ベッドの隅に追いやられている彼のぶかぶかの白いパーカーを羽織って、部屋の外へと出た。
彼は青い傘を差しながら、私に合わせて歩いてくれた。


「…何借りるんですかィ」
「ナウシカ」
「ジブリ…」
「見たくなかったら見なくていいよ」
「誰も見ねェとは」
「なに、見るんだ」
「見やす」


私が手に取ったナウシカを彼はすっと取り上げてそのまますたすたとカウンターへ歩いて行ってしまった。サラサラした明るいのに綺麗な髪が少し跳ねていて、かわいいと思った。近寄って行くと既にレンタルし終わったのか、「行きやしょう」と言って、私の手を取った。
帰り道にコンビニに寄って、彼は適当なものを籠に詰め込んだ。私も彼も余り食べるほうではないし、1日中寝ころんでいるばかりだからあまりお腹が空かないというのもあり、ここ2、3日は食べることを怠っていた。
コンビニを出たところで「ソウゴじゃねえか」という声がして振り返れば黒髪の男の子がふたり、あの部屋にかけられている学生服と同じものを着て、そこにいた。

「お前、何してんだよ」
「…卒業出来る位の出席は足りてまさァ」
「そうだがな」
「あんたに指図される筋合いはねェや」


鋭い目の男の子が煙草をくわえながら私を見た。コンビニの外はやはり依然として雨模様で、頭痛も止まないような気がした。「アンタ、コイツはやめとけ」そう彼を指差して言う。「年上には敬語使ったらどうでィ」彼はどうも自分のことはどうでもいいようで、私に対して煙草の子が命令口調だったのが気にいらなかったようだった。


「君、煙草やめたほうがいいよ」
「あ?」
「ああ、意外と熱いんだよ、煙草って」
「なにしてんだアンタ…」
「煙草消したんだよ」
「……」
「君、副流煙って知ってる?」


「意味わかんねぇ」と煙草の子が言うので「みんないつかしぬけど煙草を吸う君はばかなのね。人まで巻き込んで」私はそう答える。その間に彼、オキタくんは膨れたコンビニの袋からミネラルウォーターを取り出して煙草を握り潰して赤く黒くなった私の火傷にばしゃばしゃ水をかけた。 「もったいないよ」そう言えば「だまってくだせェ」と彼は言った。 「オキタくんとは何もないよ。本当に何もない。もう今日で終わりだから。始まってもいないけど」そう言うと煙草の彼は眉を寄せて私をまるで暗闇の中で幽霊を見るかのように、また気が触れたものを哀れむように、見つめた。


部屋に帰るとオキタくんはナウシカを早速DVDをプレイヤーにセットしていた。私はキッチンで手を洗ってお湯を沸かしながらカウンターの窓からその様子をぼんやりと見ていた。段々とその様子は曇っていって、カウンターのガラス戸は湧き上がったお湯の湯気によって、真っ白になった。小さな引き戸を開けて、ふたつしかないマグカップにお茶を入れた。お湯は大分余ったけれど、ポットもないのでそのままコンロに置いたままにした。
「なんであんなこと言ったんですかィ」
そうオキタくんが声をかけてきたのはエンドロールが流れている最中のことで、私はそこから目を話さないまま言った。


「あんなことってなんですかィ?」
「真似しねえでくだせェよ」
「ごめん、ごめんね」
「……」
「よくわからないんだよ」


「何がですかィ」というので迷うことなく「自分がさ」と答えた。「そんなの俺もですぜ」と答える彼に苦笑しながら、先ほどの煙草の彼との話で判明した新しい事実を思い出して、問いかけた。「ああそういえばオキタくん、高3なんだね」なんで知っているんだという面持ちでこちらを見るので「卒業っていってたから」と答えると、ああ成る程といった顔で温くなったお茶を一啜りした。


「大学は?」
「推薦で、ほぼ決まりですねィ」
「それは、おめでとう」
「まあまだわかりやせんけど」
「オキタくん、優秀なんだ」
「いや…」


そういうわけじゃないんだと彼は言った。初めて会ったときから聡明そうな子だとは思っていたので 勉強が出来るにしろ出来ないにしろ、兎に角はちゃんと進路を決めて、地に足がついた状態でいるのかと感心した。よかったという安堵と同時に、私はこんな風に彼といて良いのかと思った。「…そっちは?」オキタくんがそう尋ねるので私は私のことを口にした。この一週間はずっと雨で、ずっと彼の、オキタくんの部屋にいた。オキタくんとは丁度一週間前に知り合って、だけれど私達が自分のことを話すのはこれが初めてだった。


「大学には行ってないよ。働いてる」
「歳は」
「それもきくの。じゃあ17」
「……」
「うそ。ハタチ。」
「へェー…」


「まあなんとなくわかってやしたけど」そう言いながら彼はコンビニ袋の中からポカリを出してお茶を飲み干して空になったカップについだ。私はぐい、とお茶を飲みきるとカップを彼の前に突き出して私にも、と催促した。そういえばポカリを飲んだのは多分2年ぶりくらいだ。


「部活してた?」
「剣道」
「へえ、渋い」
「そうですかィ?」
「ポカリにあうからサッカー部とかかと思ったよ」
「サッカー部はチャラくていけねェや」
「私サッカー部のマネだったけどね」
「…すいやせん」
「まあチャラかったからいいけど」


なんでィ、と口を尖らせる彼が可愛かったので思わず吹き出した。彼は照れたのか下を向いてしまって、でも急に顔をあげて「俺ァこんなマネージャーがいたら間違いなくサッカーやってやしたよ」そう言うので今度は私が下を向く番となった。
それから色々なことを話した。テレビの音をBGMにしながらポカリとしなびたコンビニのお惣菜とお菓子を食べて、ありとあらゆる話をした。彼の18年間と、私の20年間と、その差の2年間が、この部屋の中に全部全部溶け出して流れ込んで、大海原となっていくように、そして私達はその海の中に心地良く溺れて行くように、ただ話した。


「この部屋に初めてきたとき」
「一週間前ですかィ」
「樹海みたいだって思った。行ったことないけど」
「行ったことないけどって…そりゃおかしいですぜ」
「まあそうなんだけどね。樹海って自殺するところでしょう」
「いや自殺するために樹海があるわけじゃないでさァ」
「多分樹海みたいだって思ったの、私ここで自殺するのかもしれないと思ったからかもしれない」


「やめてくだせェ」とオキタくんが言うので「しないけど。今日も初めてきたときそう思っていたのを思い出して、ナウシカを見ようと。」そう言うと彼は意味がわからないという様子で「はあ?」と私を見るので、「樹海と腐海って、似ているよね」わざと真面目に言えば、「ああ」と彼は呆れたように頷いた。


「ジブリのヒロインっていつも一生懸命で真っ直ぐで憧れる。見た後はあんな風になりたいって思うな」
「もう十分だと思いやすぜ」
「ちがうよ。なんていうか、魂レベルでちがうんだよ」
「俺ァそこまでジブリフリークじゃないんでねェ…」
「実際見た後って何日か真っ直ぐに生きようとしてみるんだよ。ジブリのヒロインっぽく。2日持たないけど」
「自分が自分であればそれでいいんじゃないですかィ」
「私が私、ねえ」


あの子たちみたいに馬鹿正直に生きてみるとすぐ疲れちゃうよ、そう言うと楽なほうでいいんじゃないですかィと返されたので、そうかもねと相槌を打った。時刻は朝の5時半を過ぎていて、新しい1日は既に街中を照らし始めていた。私はオキタくんのだぼだぼの白いパーカーを脱ぐと、自分の白いワイシャツとジャケットを着て、鞄を持った。「いろいろありがとう」そういって2日前くらいに用意しておいた一週間分の光熱費や食事代諸々を少し多目に入れた封筒を彼に渡そうとすると、いらないと首を横に振られた。「私働いてるっていったじゃん」と言えば「だったらナウシカのDVDでも買って毎日見りゃあいいですぜ」そしたらヒロインになれますねィ、と茶化すので これは受け取って貰えそうにないと手を引っ込めた。


「…オキタくん、大学もここから通うの」
「いや、ここは一週間以内には出ていきやす」
「え、そうなの」
「引っ越すんでさァ」


ふうん、と呟いて私は部屋全体を見回した。この部屋には本当に何もなくて、大きなものといえば足の細い薄くて硬いベッドにタオルケットが無造作に置かれているのと、あとは備え付けの冷蔵庫と、薄っぺらい液晶テレビが床に直接置かれているくらいだった。だから特に、彼の学生服が打ちっぱなしの壁にかけられているのがやはりどうも不自然だった。
キラキラと街中を照らす光がこの部屋にも入りこんできて、暖かかった。
私はポカリを飲んだカップがそのままになっていることに気が付いたけれど、それを持ち帰ろうという気にはならず、気付かないフリをした。
私はこの部屋に置き去りにすることにしたのだ。


「ひとつ聞いていい?」
「なんですかィ?」
「ソウゴって、どうやって書くの?」
「なんで名前」
「煙草の子が言ってたよ」
「…総合の総に悟るで総悟、でさァ」

「へえ、総てを悟る?…いい名前だね」



「今のちょっとヒロインぽかったですぜ」後ろから聞こえる声に、振り返らずにただ片手をあげて、私はその深い深い森のような大海原に別れを告げた。私達には特に永遠という名の友情があるわけでも無いし、セックスをしたからといって深い関係でも、かといってだらしない関係でもないので、さっぱりと終わりがきた。素っ気なさは始まり方によく似ている。ただあの時は全てがじめじめしていたなあと遠い昔を思い出すような感覚に襲われた。
そこには何もなかった。
でも確かに私と彼がいて、そして私は一足先に、彼もすぐに、あの部屋に沢山の想いを置き去りにして、自分を生きる。
外の空気は瑞々しくて、空はカラリと青い快晴だった。空の色が彼みたいで、いつの間にか頭痛が消えたことに気づかないまま、私は大きく息を吸いながら、また新しい私を始めることにした。


蘇 る 海



蘇海、
そこは壊れそうな私たちが蘇る場所。



「アンタ今まで貯めた有給全部使ったんだって?どこ行ってたのよ」
「森、いや海?そうだな、きらきらした樹海みたいなところ」




(あと2年遅く生まれていたらという想いも、蘇海に埋めてきた)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -