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『今すぐ会いたい』


地下鉄、都心を走るメトロの列車が駅に着くと、私は立ち上がって開く扉からホームへと降り立った。スーツは何だか窮屈で、履いたばかりの筈のヒールも、既に爪先が痛かった。
先程まで浮かび上がっていた圏外の文字が、電波を示す表示へと変わる。けれども私が押したのは送信のボタンでは無かった。画面に打ち込んでいた7文字を、クリアボタンで1文字ずつ消した。




「おはよう」
「おはよ、午前面接だったの?」
「説明会。もう嫌や」
「何落ちてんの?まだ始まったばっかりじゃん」
「そうやけど」

「就活って思ってた以上に辛いわ」
顔をしかめて言うと、同じような顔をして友人も「だよねえ」と言った。
東京の大学に通い始めて三年目の夏。大学一年の春に東京で一人暮らしを始めてから、長期休みに実家のある関西へ帰らないのははじめてのことだった。
進路科への用事を済ませる為に大学へと足を運ぶと、丁度同じような理由で来校していた友人と鉢合わせて、エントランスで話し込んでいる。

「就活こっちでするの?」
「そのつもりやけど」
「彼氏関西じゃなかったっけ?」
「うん」
「じゃあ彼氏こっちで就活?」
「ううん、違うよ」
「え?」
「別れるんかも」

最近は連絡が取れなくて、まともに話もしていない。そう告げると驚いた顔をした友人が「やばいじゃん!」と声を上げたから、何だか笑えた。
高校時代の先輩である年上の彼は、関西の名門大学の医学部院生で、将来は開業医である父親の病院を継ぐことになっている、所謂エリートである。一方の私は、よくある四大のよくある学部の三年生で、夢も無ければお金も無い、よくいる大学生だ。

「どうするの?」
「どうするって?」
「連絡しなよ!今すぐ!」
「ええ、迷惑やって」
「なんで」
「今実習中かもしれへん」

知らんけど。そう付け足して言えば、それならばメールでも何でもいいからとにかく何かアクションを起こせと、友人は言った。その勢いに圧倒されて、仕方なく電話帳を開く。あ行の最後、「お」の欄に、彼の名前を見つける。

“忍足謙也”

「…やっぱやめとくわ」
怖じけづいて、そのまま席を立った。ここ最近連絡が取れないのは、何度電話をかけても「お客様のおかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない所にあるため、発信出来ません。暫く待っておかけなおしください」と言われてしまうからだった。こんな小さな携帯電話が、離れている私たちを繋ぐ全てみたいだから、なんだか滑稽だ。
私という存在もまた、彼の心から遠く離れて、届かない。まるで圏外みたいだった。

大学を出ると、直接駅へ向かった。駅のベーカリーやお弁当屋さん、お蕎麦屋さんに洋食屋さん。何処からも途徹もなく良い匂いがしたけれど、お財布の軽さを知っている私は、それを横目にメトロへと飛び乗った。

「お腹空いた…」

就活のせいでバイトの時間が潰れてしまう為に、今まで以上に金欠である。削れるのはやはり食費くらいで、偏った食生活を続けていた。
例えば謙也くんが側にいて、励ましてくれたら。家族が側にいて、何もしなくても暖かいご飯が出て来たり、冷蔵庫を開ければ美味しいおやつがあったりしたら。きっと就活だってこんなに辛くなかった。

「やっぱり地元に居ったらよかったかな…」

はあと溜息を吐く。上手くいかない時は、とことん上手くいかないものだ。アパートの最寄駅に着いて階段を登ると、そこで携帯が震えた。
着信を知らせるランプに携帯を開くと、そこには謙也くんと同じく高校の先輩である「白石蔵ノ介」先輩の名前が表示されていた。

「…もしもし?」
『もしもし名前ちゃん?白石やけど』
「お久しぶりです」
『ほら、見てみ!ちゃんと出るやろ』
『せやかて今俺がかけた時は繋がらなかったやろ!』
「あの、白石先輩?」
『ああ、すまん。ちょっと代わるな?』
「はい?代わるって『名前?』



『名前』


呼ぶ声で、すぐにわかった。
彼の声がなんだか途徹もなく私をノルタルジックな心持ちにさせて、今すぐ駆け出して彼に会いに行きたいくらいの気持ちが、爆発しそうだと思った。
本当は毎日だって電話をしたいし、メールもしたい。けれども我が儘を言って彼を困らせたらいけないと思ったし、嫌われるのが怖くて、いつの間にか何も出来なくなっていた。

「けんやくん…」
『久しぶりや、な』
「けんやくんの電話、いつも繋がらへん」
『え?』
「電源切ってるん?」
『切ってへん』
「なんで、」
『……』
「なんでいつも圏外なん…」

グズグズ鼻を啜りながら言うと、電話の向こうの謙也くんが慌てたように『泣いてるん?!』と尋ねてきたから、ズッと鼻を大きく啜って、「泣いてへんもん」と答えた。

『泣いてるやろ』
「泣いてへん」
『泣いてるて!』
「泣いてへんて!」
『ちゅうかお前の携帯も繋がらんっちゅー話や!』
「は?」
『今電話したのに圏外やったし!なのに白石が電話したら出るてどないやねん!』
「電車乗っててん…」

まくし立てるように言った謙也くんに私が力無く答えると、謙也くんもまた「…は?」と力の抜けた声を上げた。
『まさか昨日のこの時間も電車乗ってたりしてへんよな?』
そう尋ねてきた謙也くんに、「なんで知ってるん?」と尋ねると、電話の向こう側からは『ああ…』とうなだれるような声が聞こえた。

『お前の携帯もいつも圏外やねんけど』
「え」
『あー…フラれるんかと思ったわ!』
「な、なんで」
『電話出えへんしメールも寄越さんし、休みなのに帰っても来ないやろ』
「それは…」

「謙也くん忙しいから、迷惑かけたないと思って…それで」
就活が忙しくて帰れそうに無い。その旨も付け加えて言うと、電話の向こう側からはあ、と大きな溜息が聞こえて、すぐに鳥肌が立った。
嫌われたかもしれない。その思考が頭を過ぎると、すうっと涙が垂れた。どうしよう、そう考えていると電話の向こうから、『ちゃんと飯食っとる?』と声がする。それが余りに優しいものだったから、何だか急に気が緩んで、嗚咽が止まらなくなった。

『泣いとるん?』
「泣いて、へん」
『泣いてるやろ』
「けんやくん」
『ん?』
「お腹空いた」
『ちゃんと飯食わなあかんやろ』
「けんやくん」
『ん?』

「めっちゃ会いたい」


下を向いて、声を振り絞るみたいに言った。同時に、ありったけの勇気も、振り絞って。そうしたらアパートのすぐ側の夕日が射す道に影が出来て、私に被さった。
「嘘」声を上げると、「やっぱり泣いてるやん」と、彼が笑った。


「けんやくんだ…」
「せや、謙也くんやで」
「なんで、なんで居るん?」
「電話繋がらんから」
「何、それ」
「直接会いに行ったらええやんと思って」

白石の運転で大阪から来てみてんけど、あ、白石は今買い物行ったんやお前腹減ったて言うから白石がそんならめっちゃ上手いタコ焼き食わせたらなあかんやろてなって材料買いに行ってしもてんけど…
早口で喋る彼に飛び込む。ぎゅうと抱き着いて息を吸い込めば、彼の匂いがする。
彼の声が一番近くで、良く聞こえる。

「けんやくん」
「ん?」
「けんやくん!」
「聞こえてるわ!」
「ふふ」
「なんやねん」
「よかった!」
「?」


「ここ圏外やないみたい!」



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