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「めっちゃ下手」

六弦から指を離すと、眉間に皺を刻み込んだヒカルが、ワタシにそう言った。
いくら派生した形だと言っても、やはりボーカロイドは歌うものだ。ヒカルがギターを弾きながら歌い、ワタシもピアノを弾きながら歌った。ワタシの歌がお気に召さなかったヒカルは、怒るというより絶望した様な顔をしていた。

「音程おかしいやろ」
「すみません」
「なんぼなんでも有り得へん」
「……」
「ま、しゃーないわ」

「調教どころの話や無いしな」
そう笑ってヒカルはギターを置いた。なんだか不甲斐無くて俯くと、はあと溜め息を吐いたヒカルが「冗談やて」と苦笑してワタシの頭を撫でた。
途端に、ワタシの頬には熱が集まる。
最近のワタシはおかしい。ヒカルとは最初に比べてずっと親しくなったはずなのに、何故だかヒカルが笑うとどきまぎして、ぎこちない動きを繰り返す羽目になる。まさか、と考える頭をふるふると横に振る。だって、だってヒカルは。

ヒカルは随分と優しくなったと思う。ぶっきらぼうさが残るところもあるけれど、雰囲気がとても柔らかくなった。例えて言うなら、四角が、丸になるみたいな。
機械が、人間になる みたいな。

「練習しておきます」
「そうしてくれると助かるわ」
「ハイ」
「早いとこ、頼むで」
「善処します」
「期待してるわ」
「…期待はしないでください」
「なんでやねん」

カラカラとヒカルが笑う。つられてワタシも笑った。けれどその笑顔は、すぐに引っ込んだ。ヒカルがカラカラと笑って、その笑い声がすぐに、ゲホゲホという咳に変わったからだった。ここのところ、ヒカルの体調は、良いとは言えなかった。寧ろ、日に日に衰えていくようにさえ感じられた。しかしヒカルは「大丈夫」の一点張りで、ワタシはそれ以上何も言えなかった。

「ご飯、つくってきます」
「…手伝うわ」
「大丈夫です」
「せやかて」
「はやく元気になってください」
「……」
「お願いします」
「なら、早く歌上手くなってください」
「……ハイ」

「それで、ヒカルが元気になってくれるのなら。」
ヒカルは冗談めかして言ったけれど、ワタシは至って真面目にそう言って、部屋を出る。ヒカルはワタシが後ろを向くと、ベッドに横たわっていた様だった。
それからもヒカルのカラダは日に日に衰えていった。最近では朝起きるのが苦手だったのに拍車がかかって、昼まで寝ているなんてざらだった。これはもう、試験どころの話では無いのでは無いか。そう思って研究チームに訴えたけれど、試験は続行するとの一点張りだった。

「ヒカル」
「ん、あーおはよ」
「もう昼です」
「せやな」
「ご飯、食べられますか」
「ん、食う」

のそりとベッドから起き上がって、クッションに腰掛けた。ヒカルの朝食とワタシの昼食がテーブルに並ぶ。旗の刺さった、オムライスだ。
ここに来て、ワタシは料理をたくさん覚えた。元々、全く料理が出来なかった訳ではない。しかし複雑な科学式と料理では、料理の方が困難だと思うようなタイプである。料理には確実な正解が、恐らく無い。それが、難しかった。
気怠るそうなヒカルはスプーンを子供みたいにグーで掴むと、黄色い卵に包まれたケチャップライスを掬って口に運んだ。

「めっちゃ美味い」

そう笑う顔には力が無くて、ワタシは泣きそうになる。ヒカルが笑うと、どうしたらいいかわからなくなった。
時よりケチャップライスをぼろぼろと零しながら、それでも何とか全ての料理を完食して、ヒカルはベッドを背もたれにして目を擦った。

「眠いですか?」
「わからん。眠いんやろか」
「ヒカル」
「寝てばっかりやしな…」
「……」
「片付けとか手伝ってやりたいんやけど」
「大丈夫です」
「すまん」
「ワタシは、」

「ワタシはヒカルがいれば、それで」
本当に、そう思った。この試験が、いつまでも続いたって平気な気がするくらいに。
ヒカルはまた力無く笑って、「お前、ええ女やなあ」と茶化した。そんなことを言われたのは初めてだと告げれば、せやなあと笑う。
切なくて、苦しい。それは、きっと。


「なあ、歌上手なった?」
「ええっと」
「歌ってみてくれへん?」
「……」
「そしたらゆっくり眠れる気がするわ」


言う通りにしたら、ヒカルは消えてしまいそうだと、思った。
それは馬鹿みたいな話で、だってワタシもヒカルもカラダを持っている。ふわりと消えてしまうなんて、有り得ない。
ワタシは口を開く。ヒカルに言われて、練習した通りに。それは子守唄のようで、ヒカルがあんまり優しい目でワタシを見るから、切なくて、息がしづらくて苦しかった。

「…めっちゃ上手なってる」
「本当に?」
「ほんまやて。」
「ありがとうございます」
「ありがとうはこっちの台詞やわ」
「え?」
「ほんま、ありがとう」


一体どういうことだ。
首を傾げると、ヒカルは薄く笑う。
嫌な予感が頭の中をぐるぐると回って、その感謝の言葉から耳を塞いでしまいたかった。ヒカルははあ、と大きく息を吐く。呼吸が乱れて、時より顔を歪めていた。


「…ヒカル?」
「もう、限界かもしれへんなあ」
「ヒカル」
「俺には容量足らんねん」
「……」
「コイゴコロなんて重過ぎるわ…」


「キャパオーバーやっちゅうねん」
はは、と乾いた自嘲の笑みを零す。
どうして、だとか、嫌だ、だとかそんな短絡的な言葉ばかりが浮かんでくる。
「ヒカル、やっぱり研究室に戻りましょう」
ワタシがそう荒々しく告げると、ヒカルはゆっくりと首を横に振った。


「無理やて」
「ワタシが直します…!ワタシだって、研究チームの人間、だから」
「俺の…プログラムの記憶用メモリーんとこな、バグってんねん」
「……」
「弄ったら俺お前んこと忘れてまうから」

「やから最期まで一緒に居らせて」


懇願するように、ヒカルは言った。
ぽろぽろと、涙が溢れてくる。
それじゃあ、つまりは。ヒカルは、今のヒカルは、もういなくなってしまうと、そういうことなのか。
「最期のワガママやと思って、聞いて欲しい」
そう言ってヒカルは、力の入らない指でワタシの涙を掬った。ワガママなんて何度でも聞くから、最期だなんて言わないで欲しかった。


「カラダが死ぬ訳や無いけど」
「……」
「ココロは死ぬんかなあ」
「ヤダ、嫌だ」
「泣いたらあかんて、めっちゃ辛いやん」
「だって」
「お前と初めて会うた時、…人間のクセして仏頂面やな、と思った」
「……」
「ほんまもんのココロ持ってる癖にー、て」


研究室にばかり篭っているワタシは、普通の女の子とは確かに違った。可愛い服やアクセサリーになんて無縁であったし、恋なんてもう、どんな気持ちなのか忘れるくらい、していなかったのだ。プログラムの研究と開発の毎日に忙殺されて、ココロは空のようになっていた。そんな時に持ち掛けられたのが、この試験の現場監察員の役職であった。


「お前笑うようになって」
「……」
「俺めっちゃ嬉しかってん」
「ハイ」
「俺のココロはプログラムやけど、」
「…ハイ」
「ナマエのこと想ってたんは、造りものや無いと、思うわ」


ワタシとヒカルのココロは、何が違うのだろう。
人間だって、ココロが空っぽになったり、時には壊れてしまうことだってある。でも、それは多分何か逃げ出してしまいたいくらいの現実があって、気持ちが弱くなるからだ。こんなにも強い気持ちをもって、まだここに居たいと、ワタシと居たいと言ってくれるヒカルが、そうすることが出来ないのはやはり、人間では 無いから、なのだろうか。


「何で、俺は人間や無いん、やろ」
「ヒ、カル」
「もっと一緒に、居りたかってんけど、な」
「ヒカル…」
「ま、…しゃーない、わ」
「ヒカル!」


「オオキニ、ナマエ」







HIKARU。それが彼に名付けられた名前だった。KAITOや初音ミクなどの初期のソフト型ボーカロイドから、何代も後の、まだこの世界にひとつだけの、ヒューマノイド型ボーカロイド。
研究室に運ばれた彼には、やはり記憶メモリーにバグが見られた。バグは偶然に発生した誤作動的なもので、リカバリーを何度も試みたが、それは叶わなかった。
記憶メモリーのバグは直接的な彼の活動停止の原因では無く、やはりココロプログラムにかかる負荷が彼の対応出来るキャパシティを遥かに超えてしまったことに原因はあった。
彼は容量やメモリーなどの不備があった点を含め、今回の試験で得られた情報を糧に再度プログラムを組み直され、造り出される。最低限の人間の常識の記憶だけを植え付けられた彼は、また試験を行うこととなった。

ワタシは二度目の現場監察員として、新しい一戸建てに足を踏み入れる。




「はじめまして、マスター?」
「…マスターという呼び方はプログラムされていないはずですが」
「つまらん」


白黒の、モノトーンで統一されたシンプルな、無機質な部屋だった。向かいあったヒカルは、仏頂面面だった。ワタシはヒカルを見上げて、「ワタシのことはナマエと呼んで下さい、ヒカル」そう告げた。

ふっと、いつかのあの笑顔の記憶が蘇るようだった。あの鮮やかな日々を彷彿とさせる、そんな表情で、彼は言った。




「ま、しゃーないわ」


(100802/end)
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