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「はじめまして、」


今より少し未来の話である。

歌う為に生み出されたボーカロイドの、派生は止まらない。進化し続けるボーカロイドは遂にヒューマノイドという形で実体化され始めた。とは言え依然、研究の段階である。
ワタシたちは、ヒューマノイド型ボーカロイドを一般家庭へと普及するための、所謂試験用で、これからこの目の前のピアスだらけのヒカルと暮らしていくことになっている。


「マスター?」
「…マスターという呼び方はプログラムされていないはずですが」
「つまらん」
「ワタシのことはナマエと呼んで下さい、ヒカル」
「ま、しゃーないわ」


気怠そうに、ヒカルがそう言ったので、ワタシは頷いた。
ワタシたちは所謂、マスターとボーカロイドという関係では無い。ワタシたちに上下は存在し得ない。
この試験に用いられるボーカロイドに内蔵されたプログラミングについては、彼もワタシも十分に理解している。技術者とボーカロイド本体、それがその理由だ。
今回の試験は、ボーカロイドに人間と同じ様に感情を付属させることが出来るかというものだった。既に人工知能の搭載を可能にしたヒューマノイド型のボーカロイドの次の課題は、ココロを手に入れることであった。自我、超自我、エスといった心理学的要素をはじめ、喜怒哀楽を記号化し、プログラミングしてある。『ココロプログラム』、を試験的に搭載したボーカロイドの、人間生活への適応実験なのである。
この試験では24時間体制でモニタリングされた部屋の中で、何らかの効果が見られるまで生活し続けることになっていた。


「フツウに生活しろとのことです」
「普通、なあ」
「……」
「こんな見張られて普通に出来る人間なんておるん?」
「どうでしょう」
「ボーカロイドも同じや」
「…そうですね」


「ヒカルはこの生活がイヤですか?」
ワタシが尋ねると、「当たり前やろ」とヒカルが言った。元々、愛想があるとはお世辞にも言えない彼に何故かと理由を尋ねると、不機嫌そうに顔を歪められた。
「…自分、頭悪いん?」
トントンと米神を指差しながら、呆れたようにワタシに尋ねる。ワタシは、ふるふると頭を横に振った。


「悪くは、無いと思います」
「普通に考えておかしいやろ。人権もクソも無いねんで?」
「ボーカロイド…」
「ボーカロイドやって同じことやろ。人間の形してるんやし、それに」
「それに?」
「…しんどいとか思うように造ったんは、人間やろ」
「……」
「ちゅーか、なんで俺やねん。もっと他におったやろ」
「……」
「ま、しゃーないわな」


「ここで俺らが言い合っても、何も変わらへん」
まあ楽しんだモン勝ちやろ、そうつまらなさそうに言って彼は席を立った。ワタシはすぐにその後を追って、廊下へと出た。
ワタシたちに与えられたのは一般的な一戸建てであった。幾つかの候補の中から、ヒカルが選んだのだと聞いた。その他にも家具や家電まで、選んだのはヒカルだと言う。家具の色は殆どが黒か白のモノトーンで、家全体はシックな、何処か人工的で機械じみた印象を受けるものだった。
彼は常に気怠そうな雰囲気を纏ってはいたものの、意思や主張のはっきりしている、少し、いやかなりキツイ性格のようだった。まだ数時間しか共にしていないものの、自分の所属している研究チームに対しての不満を一切隠そうとしないことからも、よくわかる。モニタリングされていると知りながら、歯に物を着せぬ物言いである。


「…ここ、食べ物はどないするん?」
「食料は送られてくるそうです。ある程度の日数が経てば外出許可が下りると思われますので、そうしたら買い物にも行けます」
「へえ…」
「料理はワタシがやります」
「作れるん?」
「ハイ」


ふうん、とヒカルは頷くと、「ほな夕飯でも作るか」と腕を捲った。時刻は18時を回っている。この家に入ったのが夕方のことであったから、それ程時間は経っていない筈だ。
腕捲りをする様子を見る限り、どうやらヒカルも一緒に料理をしてくれるらしかった。咄嗟に、ワタシが側にあるイスにかかっていたエプロンを渡すと、首を振って「それは自分が使うモンやろ」と、呆れたように言った。


「自分、抜けてんなあ」
「そうでしょうか」
「しかも仏頂面過ぎるやろ」
「ヒカルは…」
「俺は男やしええねん。」
「……」
「ココロ、持ってるんやろ?」
「……」
「宝の持ち腐れやな」


飯何にしようなあ、そう首に手を当ててヒカルは言う。ヒカルの好きな食べ物は善哉と聞いていたから、夕食のおかずの参考にはなりそうに無い。冷蔵庫を開けてみれば、料理をするには困らなそうなくらいの食材が詰め込まれていたので、ワタシは必要なものを取り出して、調理をはじめた。

「何にするん?」
「オムライスです」
「へえ」
「お嫌いですか?」
「いや…」
「一度食べてみてください」


ケチャップライスを卵で包む。
ヒカルはへえ、だとかふうん、だとか言いながら一部始終を見届けていた。クッキングヒーターにかけた鍋でコンソメでスープを作って、盛り付けをする。ソースにもこだわって作ろうかと考えたけれど、ヒカルが「腹減った」と言ったので、なるべく早く作り終えられる様に、次回に見送ることにした。
お皿をヒカルが取って、テーブルに運んでくれる。結局のところヒカルは殆ど料理には手出しをしないで、ずっとワタシを観察していた。


「ここでええやろ?」
「ハイ、ありがとうございます」
「…別に」


手を洗うワタシに、ヒカルは早くと促した。どうやら空腹がピークらしい。
「いただきます」
ふたつの声が重なって、銀色のスプーンがオムライスの頂きに刺さる。一口目を口にいれたヒカルに、「どうですか」と尋ねると、目を見開いて、それから「美味い」とだけ言ってそのまま一気に完食してくれた。


「ありがとうございます」
「…何?」
「綺麗に食べていただいたので」
「別に」
「…嬉しいです」


頬が熱くなる気がしたから、すかさずに下を向いた。銀色のスプーンを、オムライスの頂きに刺して、掬う。香ばしいバターの匂いと、ケチャップと小さく切ったウインナー。きっと、上手く出来ていると思う。
旗を立てれば、もっと良かったかもしれない。次には、そうしよう。ワタシは少しだけ楽しみになって、また一口、スプーンを口に運んだ。


「だらし無い顔やな」
「……」
「顔、めっちゃ緩んどるわ」
「…すみません」
「ええと思う」
「?」
「お前、笑っとったほうが、ええよ」
「え…」
「お前、笑えたんやなあ」


『ココロプログラム』というやつが、こんなにもちゃんと働くだなんて、思ってもみなかった。これは、未だ研究段階のモノの筈である。
ワタシは、息を飲む。
ヒカルがにこりと、綺麗に笑った。そうしてワタシの胸が、ドクリと高鳴る。


「ヒカルも、笑ってた方が、いいと思います」
「うっさいわ」
「ワタシは、笑ってくれた方が、うれしいです…」
「…しゃーないな」


これではまるで、本物の、

人間みたいだ。



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