お化粧の話


「●●ちゃん、今日は散歩に行こうか」


いつもどおり、朝目覚めてサンジくんお手製の素敵な朝食を二人で食べていたとき。
サンジくんがサラダを頬張りながら、優しく微笑んだ。



「うん、行きたいな、どこにしよう?河原にする?あ、そういえば近くに新しいお店ができたみたいだよ、そこ行く?」


「クク、そんなに焦んなくても」


楽しそうにサンジくんが笑った。だって、サンジくんとせっかくゆっくりお出かけできるんだもん。
行きたいところはいっぱいあるし、迷っちゃうのもしかたない。



「だって、せっかくだから行きたいところいっぱいあるの」


「じゃあさ、今日はゆっくり気の向く方向に行って、今日行けなかったところは今度の休みにまた行こう、それならいいだろう?」



さりげなくまた今度の約束を取り付けてくれたサンジくんに嬉しくなって勢いよくうん!と返してしまった。
サンジくんはそんなわたしを見て楽しそうに笑ってる。かっこいい。



今日は天気がよさそうだ。明るく暖かい日差しが差し込む中で、大好きなサンジくんが用意してくれたおいしいご飯を食べながら、幸せだなぁとぼーっと思った。






ご飯を食べ終わって、二人で後片付けをしていた。
かちゃかちゃ音を立てながら、サンジくんの綺麗な手がお皿を綺麗にしていく。

わたしはそのお皿を受け取って布巾で拭くだけという簡単なお仕事なのだけれど、一緒に暮らし始めてからは(というかその前もサンジくんが来た時は)、手が荒れるという理由で一度も洗い物をさせてもらったことがない。



同棲が始まったらわたしが料理とか洗い物とかするんだろうなァと思っていたけれど、全然そんなことなくて、全部サンジくんがやってくれている。

はじめこそこれは女子としてどうなんだろうかと葛藤したものだったが、サンジくんはおれが好きでやってるんだからと引かなかった。

実際わたしなんかが作るよりもサンジくんが作った方が何倍もおいしい食事をいただけるので嬉しいことこの上ないのだが。



きゅっと蛇口をひねる音がした。「よし」サンジくんが洗い物を終えて、最後の食器を渡してくれる。

わたしはそれを受け取って、丁寧に拭く。タオルで手を拭きながら、優しい目でサンジくんが見守ってくれている。

いつも、この瞬間が好きだった。だから最後の食器はたいてい、他のものより丁寧に拭かれる。

拭き終えた食器を片付けると、サンジくんはにこりと微笑んで頬にひとつキスをくれた。





「さて、片付けも終わったし、そろそろ行こうか?」

「あ、ちょっとまって、少しだけお化粧するから」



あわてて化粧ポーチをとりだすと、サンジくんはソファに腰を下ろしながら「あァいいよ、ゆっくりで大丈夫だから」と微笑んでくれた。

それからわたしがいつもどおりメイクを始めようと思ったところで、サンジくんがじっとこっちを見ているのに気がついた。



「なあに、サンジくん、珍しくもないでしょ?」


「あァ、すまねェ、レディの身支度をじろじろ見るなんて失礼だった」


「ふふ、いいんだけどさ、ちょっと恥ずかしいよ」



くすくす笑いながら化粧品に手を伸ばすと、綺麗な指がそれを阻んで、あれ、と思った。



「なァ●●ちゃん、今日はおれにやらせてくれないかい?」


「え?いいけど、サンジくんお化粧したことあるの?」


「いや、ない」



椅子に座るわたしに、サンジくんが立ったまま向かい合った。

たしかに、手先の器用なサンジくんなら、お化粧くらいばっちり綺麗にできそうだ。
お任せしたらなんだかすごく綺麗にやってもらえそうな気がして、わくわくもする。

でも改めて向き合って顔をじっとみられるのもちょっと、恥ずかしいかも。



サンジくんはわたしの化粧ポーチの中を見て、おお、と声を漏らした。
普段とても紳士で、女の子のこともよくわかっている感じなのに、こういうところを見るとああ男の子なんだなあと思ってちょっと嬉しくなる。



「じゃあ●●ちゃん、ちょっと目ェ閉じて」

「ん」



言われた通りに目を閉じると、優しい指が頬をすべるのがわかった。
そのままその暖かい体温が近づいてきて、ちゅっ、と唇に柔らかいキスが降ってきた。


もう、サンジくんったら、すぐこういうことしてくれるんだから。


声に出さないようにふふ、と笑うと、サンジくんも笑っているであろう雰囲気が伝わってきた。


それから、キャップを外す音が聞こえたかと思うと、サンジくんの指が唇をなぞるのがわかった。
たぶん、チューブから出したグロスを指で塗ってくれている。

暖かくて優しいサンジくんの指が丁寧にグロスをのせてくれるのがすごく心地よかった。




「・・、ん、できた」


「え?もうおしまい?」


「クク、そうだよ、ほら目開けて」



ゆっくりと目を開けると、サンジくんが嬉しそうに笑ってた。

いつも軽くしているアイメイクも、ファンデーションも、なにもしてない。
グロスを塗っただけの、ほとんどすっぴんの状態。



「サンジくん、これじゃほとんどすっぴんだよ」


「それでいいのさ、ほら、●●ちゃん、そのままでも十分かわいいぜ」



そっと髪の毛を撫でてくれて、そのまま髪の毛にもキスをくれた。
こういうこと、素でやってかっこいいのってきっとサンジくんだけなんだろうなぁ。


でも、ほんとにこれでいいんだろうか。
かっこいいサンジくんの横を歩くんだもの、もうちょっとおめかししなきゃいけないんじゃないかな?



「でもこれじゃあかっこいいサンジくんのとなりに並べないよ」


「●●ちゃんのそういうとこ、クソ可愛い。けど大丈夫、おれが可愛くなるおまじない、かけといたから」



人差し指をそっと自分の唇にあてるサンジくん。
ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、ぱちりと一瞬ウインクをした。




「じゃあそのおまじない、毎日かけてね」


「お安い御用さ」




(20130305)

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