ルドルフ | ナノ


その少女は小さな村にいた。
闇夜に移る二つの月の光のように真っ直ぐとした白銀を身に宿し、雲のない真昼の空のような青の瞳であったが、どこか死んだような精気を感じぬ目をした細く小さな少女であった。
ただ一つ、その体にこびり付くように吹き出す赤を身にまとっていなければ、幼い娘であった。

「今夜こそお前は泣き叫んでくれるのか?」

赤い池に身を沈めて、人語を喋る影を少女は、他人ごとのように、その夜闇をぼんやりとただ見つめ、だらりと流れる赤はただ地面を汚し、月は無情に沈黙し浮かんでいた。


想、湊、風。


不可思議なリズムが聞こえ、一定の振動を感じ、幼女はそこで目を覚ました。
酷く体が重いような気もするので、ぼんやりただ床の木目を眺めていたが、声をかけられてむくりと起き上がった。

「サメラ、起きたかい?」
「おはよう、お母さん」

まだ眠たいようなのか、サメラと呼ばれた幼女は、もぞもぞと着替えに手を伸ばし、手早く着替え終わると雑に手櫛で頭を撫でた。
窓から入る太陽の光を受けてサメラの髪がきらきら光る。

「サメラ、今日はお昼までにお水を汲みに行っても?」
「うん。行くよっ」

私もこの足じゃなかったら。お前さんを遊ばせてやれるんだけどねぇ。

「おかーさんのこどもだもん。おかーさんをたすけるのがわたしのしごとだよっ」

それじゃあ、いってきます。
ぶんぶん手を振り回し部屋から出ていくと母と呼ばれた老婆は溜め息をついて、窓の外を歩く銀が小さくなるのを見つめた。

もうあの子を拾って、5年ですか…クルーヤ貴方の娘は大きくなりましたよ。

クルーヤの子はサメラと双子が一人、そして兄が一人いたはずだけれども。無事、誰かの庇護の元で生きてるといいのですがね…。

溜め息一つついて母、ティンクトゥラは目を伏せて、たれ落ちた髪一房を耳にかけ直して、遠い過去に思いを馳せた。

「世界は、あなた方に近付いてますよ。フースーヤ。私も、もう直ぐ終わりです。あなたが眠る月まで届けばいいのですがね」

ティンクトゥラは苦笑しつつ、遠く二つの月を眺め笑う。鮮血のように鮮やかな髪と瞳は、穏やかな獣の様であった。あの子に聖なる祈りを。祈るような声色で、ティンクトゥラは懐かしい大地を思い浮かべたのであった。


×