ルドルフ | ナノ


サメラがバロンに居着いて。
早くも半年が過ぎようとしていた。

バロンに到着し、顔も名前も知らないサメラは入団の古参の兵も煙たがられたが、サメラの持ち得る全てをもって実力で叩きのめし地位をあげるべく勤めてた結果は、近衛兵団の一小隊を与えられるようになった。ここまでが、おおよそ季節の一つ分でやってのけてしまうのだから、元来の持ち合わせていた素の力なのだろうと、カインは判断する。今は亡き戦争屋とも言える戦闘集団である赤華の集まりの一人であったサメラの戦闘能力はバロンでも頂点を争うようなモノだったからこそ、強さを求める兵には人気がすぐにでた。のは、全くもって想定の範囲内ではあったのだが。いささか目の前の現状に首を傾げるばかりであった。
人気の少ない通路に呼び出されたので何事かと思っていたのだが、いつもの飄々としたような何を考えているかわからない表情ではなく難しい顔をしていたので、問いかけてやると屈辱そうな顔をしながら、ぽつりぽつりと彼女は口を開き出した。

「文字を教えてほしいんだ。」
「あ?」
「ほら、その。あれだ。」

キャラバンで、金の計算は仕込まれていたので問題はないのだが、予算の項目の文字が読めなくどれが何なのか全くもってわからないから、教えてほしいと、彼女がいう。書類などは基本サインばかりだったから、キャラバンで使っていたようなものを使っていたのだが。さすがに、読めない。とは部下に言えなかったらしく、セシルたちに面会を出すよりも、それなりに知り合いのカインのもとにやって来た。という。

「意外だな」
「出来るやつがやる。がうちの運営方針だったからな。」

旅や公演に文字は要らない、芸と戦闘で金を回していただけだったからな。と言いながら居たたまれないように、視線を下げる。その姿は、昔のローザを見ているかのような錯覚が起きた。どうもこう、頼まれると弱いのが、カインという男であった。

「毎日仕事終わり、鐘一つ分。な。」
「本当か!」

パッと花が咲いたように顔をあげて、嬉しい!と首元にじゃれるように飛び付いてきて、ふわりと石鹸の匂いがカインの鼻に届く。ありがとう。仕事終わったら、なんか持ってそっちに行くからな!とサメラは慌てたように足早に走っていった。
十余年の前の大戦では考えられないほどの、行動にでたサメラを見送りながら、カインの思考はしばらく止まったままだった。のは、ここだけの話である。


×