ルドルフ | ナノ


女の思考が読めず、ローザは女の手渡してきた塊を見る。薄い青がきらきらとどこかの光を受けて、反射し沈黙を保っている。

「ファレル嬢。はやくハーヴィ坊に、ゴルベーザ様にでも使って真名を吹き込んでくださいな。暗黒騎士が消えるまでに。」

先程出てきた声色と違う女の声が、そう言っていいわね。とクリスタルを押し付けて頭を撫でる。ふと視線をあげれば、色を失いかけている暗黒騎士が虫の息でこちらを、狙っているような目で見ている。ハッとしたローザは、慌てて最後尾にいる戦場の端のセシルのもとに走る。と同時に女もゴルベーザの方に走っていくのを見た。彼女はおそらく本当にセシルを救える方法を知っている。それだけが小さな祈りだった。本能によって得た直感と確信であった。
ローザはセシルのもとに駆け込んで、両の手に広がるクリスタルを虚ろな意識のセシルの手に握らせ、そして包む。光を受けていたクリスタルはゆらゆらと微かな煙のようなものを産み出してセシルの頬を撫でていく。幻想的な光景に一瞬驚いていると、その両の手を覆うように一対の褐色の手が見えた。

「セシル……いや、お前の名は……。」

ゴルベーザの音が、遠くの暗黒騎士の咆哮によって上手く聞き取れなかった。もしかすると月の民独特の言語なのかもしれない。とローザは思いながら、手の中のクリスタルを見つめると、ゆらりと動いていた煙が魔法のように光を放ち戦場すべてを飲み込むほどのまばゆい光が一瞬産まれて、なくなった。焼けた目のまま、包んだ手を見ていると、しばらくして見えるようになってきて、そして、何もない。クリスタルも、魔法のように産まれた煙も光も。手から消えていた。一瞬だった。あっけないほどの現実だった。もしかして、叶わなかった……?恐怖が身を喰らい心がすり減っていくようだった。
「セシル……?」恐る恐る声をかけ、ゆるりと、目をあげると、青が二つ。柔らかで、穏やかな静かな海のような、晴れた日の湖のような澄んだ青がそこにあった。「ありがとう。見えてはいたよ。心配させたね。」握られていた手をほどいて。その手は柔らかくローザの頬を撫でてから、視線は遠くの過去の片割れを射る。その目は自信をもってその先を見て「大丈夫だから。」とこぼして、腰にある聖なる剣を握る。

一つ一つと目線があって、喜ぶ者涙する者の表情がよく見えた。その中に見慣れない槍使いの姿が、膝をついてバロン式の敬礼をして、目線があった。獣の皮を被ったその瞳には、懐かしさがいくぶんか浮かび上がっているのがセシルの目にも見えた。

「解ッテイルナ、ハーヴィ坊。」
「粗方はね。話は聞くよ。」
「承知、場所は右肩だ。」

ありがとう。そう言葉を放てば、過去の姿のサメラがセシルと相向かった。身の丈ほどの大きな刃を振り回し、風を起こす。魔法で起こしたものではない。刃でむりやり起こした風は、地面を切り裂くように走った。

「君は、僕たちと会う前のサメラだ。魔法もない。ローザ。癒しをサメラに。パロム、ホールドは使えるかい?」
「過去は、変わらないよ。」

剣を構え、距離を詰める。過去の幻影も、構え土を蹴った。大きな鉄と鋼の打ち合いは初撃は衝撃を和らげるようなものであった。そのまま、セシルは勢いをつけて足元に狙いを定め振りかざせば、幻影は軽く飛びそれを避け、上から下に振りかぶろうとした瞬間、間に槍が入り、セシルはその槍がマラコーダのものだと知る。

「過去ハ消シタ。後ハ、サメラダ」

告げて、槍をぐっとねじり、その勢いを借りて幻影はマラコーダとセシルとの間をとった。ザザッと音をならして、土煙をあげた瞬間に、二つの白い光と緑の光が飛んだ。
セシルが指示を出していたホールドと治療魔法がサメラに命中し、土煙のなかで幻影が吠える。大きな刃を地に立てて減速したところなのであろう、駆け出すモーションで縛られ動けなくなっているサメラの姿は、獣と寸分変わらない。雄叫びであった。

「その体質が仇になってよかったよ。」

肩をもらうよ、大事な片割れの魂の一つなんだ。そう言って、一気に肩を切り落とす。血もなければ、なにもない、落ちたのはセシルの手のひらの大きさのクリスタルひとつだった。ぎろりと獣のような目で、唸りながら忌々しそうに吠えながら、幻影は姿を消した。二つの過去が消えたのを確認して、セシルはようやく剣を納めた。カチン。と鍔が鞘と当たって、沈黙だけがそこにあった。
重たい沈黙を割ったのは、セオドアであった。

「父さん……」
「セオドア。ずいぶんと逞しくなったな。」

みんなも、迷惑をかけた。積もる話は色々あるけれど。
手の中に光るクリスタルが、淡い光を放って、マラコーダがクリスタルにストップをかける。淡い光がその中で灯されている。これでよし、とマラコーダは呟いて、プロムに膝をついた。その近くにいたゴルベーザが言葉を投げ掛ける。

「マラコーダ、」
「我ノ主ハ、ゴルベーザ様。貴方デ在ズ。魔ノ耳ヲ持ツ子デアル。」

えっと、マラコーダさん。君は僕たちを助けてくれるの?そう投げ掛ければ、マラコーダは主ノ命ハ、必ズ。と手短に答えた。君は僕たちをすでに、助けてくれた。セシルさんを救ってくれた。一緒に行こう。と手をさしのべる。マラコーダは、解りましたと呟いてプロムの横に位置ついた。

「時間はない。」

もしくは休憩の時に。サメラなら、きっとそうする。
とにかく。次の休憩場まで急ごう。マラコーダ、君の話も聞きたい。


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