ぼくとゴミ捨て場の歌。 





今日のライブはぼろぼろだった。酷かった。無理矢理押し込んで、成功に納めることにはなったが、酷かった。きっと恐らくは酷い顔をしてバイオリンを演奏していたかもしれない。あの日から、正確にはなずなが居なくなってから。ぼくたちは散々だ。ライブの終わったその日、ぼくたちは公園の東屋のベンチに腰掛け、沈黙を保っていた。ぼんやりとぼくもぼくで今日の至らない点を思い浮かべていると時間だけが過ぎ去って、とっぷりと夜になってしまっている。そんな中でみかだけがそわそわしていた。

「お師さ〜ん、いつまでボケ〜っと座ってるん、もうお月さんが出てきたで!さすがに夜やと冷え込むし、さっさと撤収しよ?なかば兄ィも、帰らなお家の人心配するし、な?おうち帰って、あったかくして寝よ。」
「ぼくは今日はライブだから、って連絡を入れてるので構いませんよ。」
「見て見て、そこの屋台でタイ焼き売っててん!売れ残りや〜いうて、お値段ちょっとお安くしてもろたんよ?食べる?」

ぼくはカスタードクリームしか食べませんけど、あ、じゃあこれあげる。二匹あげるわ。
まさか持っているとは思いませんでしたが、受け取ってぼくはそのままかぶりつく。あとで代金をきちんと支払うことを頭に思い浮かべ、甘いものが身に染みる。どうもぼくは疲れていたようだ。今夜のばんごはんになりそうだなぁ、だとかしょうもないことを思いながらも、みかの投げ掛ける声をBGMにして甘味を胃に納める。

『みかちゃんも、央ちゃんも先に帰っていいわよ。』
「夜も遅いですし、これを食べて小休憩したら帰りますよ。お嬢さん。」
『宗くん、もうすこし心を整理しないと動けないみたい……ごめんね、みかくん。鍵はいつもの場所においてあるから。』

ひとりで帰宅してもう寝ちゃっていいわよ。そうお嬢さんが言うのをぼくは眺める。人形遣いが疲れた顔をしてるのを見て、ぼくはひっそりため息を吐き出す。みかはお嬢さんはどうする?と声をかけたが、人形遣いにあわせるらしい。お嬢さんと、みかの会話を聞きながら、一匹目を食べきる。二つ目に手をつける気にならなくて、白い上袋のなかでまだ温かいそれを視ながら、ぼくらもいつかこうなるのかな、だとか考える。学園のトップを走って、人気絶頂をとっていたのがいつの間にか討伐され、人から見られなくなって耐えられなくなって、売れ残って誰からも見られなくなる日が来るのだろか。そんなのはいやだなぁ、いつかまた学院のライブで赤いペンライトの海を見れる日が来るのだろうか。先行きの見えない不安だけが胸を喰らっていく。思考を変えるように、この手の中にあるたい焼きは、天然のたい焼きなのか養殖のたい焼きなのか、考えつつ二匹目に食らいつく。頭が紙袋側にあったのでそのまま食べる

「どうせ同じところに帰るんやし、一緒に行こ?考え事やったら家でもできるやん、おれは単なる居候やし……自分だけ帰るん、何か気持ち悪いわぁ?」
『んもう、おしめのとれない赤ん坊じゃあるまいし……ん?』

お嬢さんがなにかに気がついた。ぼくはそっちに目線を動かすと、久しぶりに見た仲間がそこに立っていた。おやおや、久しぶりですね。と声をかけると、人形遣いが彼を呼ぶ。呼ばれた気まずそうな顔をして、ゆっくりと歩いてくる。みかはあまり見えてないらしく、人形遣いの声で判別したらしく驚きを隠せないようだ。そのまま彼は難しい顔をして、ぼくらの前で足を止めた。

「んああ、なずな兄ィ!なんや久しぶりやな〜、元気にしてたん?タイ焼き食べる?もう三分の一ぐらいしか残ってへんけど、なずな兄ィは少食やしなあ。」
「足りなければぼくのも差し上げますよ。」
「すこし黙っていたまえ、影片。喋るな、せっかく麗しい顔をしているのに台無しだろう、まったくもって不出来な失敗作だね。君が口にしていいのは僕が許可した言葉だけなのだよ。」
「人形遣い、言い過ぎだよ。」
「君も黙っていたまえ、小鳥。」

はいはいと返事を聞き流していると、なずなは相変わらずだな。と言う。人形遣いは不機嫌そうに眼尻を吊り上げて、なんだかんだと口を開いている。なずなは少し呆れたような表情をしているが、なにかあっただろうか、とぼくは二人を視ながら事の顛末を見守ろうと決め込み、残りのタイ焼きを胃に入れていく。冷たくなったカスタードクリームは、あまり舌触りのいいものではないが、夜の風で冷えたぼくの体に溶けていく。

「おれは、正式に『Valkyrie 』から脱退することになった。だからまぁ、最後に挨拶だけしとこうと思ってさ。目障りなら、すぐに退散するから。」
「脱退?寝言は寝てから言いたまえ、僕は認めていないのだよ?」
「認めてなくても抜けれる方法はあるよ。」

『Valkyrie 』はまともに活動の実績を残してないから、生徒会が受理をした。そして彼は掛け持ち先のユニットに移る。と言う。彼は宣言をする。おれは『Ra*bits』を選ぶ。あの子達と生きていく。と、その目は酷く真っ直ぐにぼくたちを見ている。みかは、動揺してなずなに掴みかかる勢いで寄っていく。離れていくのは寂しいが、ぼくは決めたのならその道を進めば良いと思うので引き留めることはするつもりもない。前々から色々と噂を聞いたりしたが、本当に選ぶのならば、君はきっと厳しい道にはなるだろう。行くも帰るも辛い道だ。だけれど、それも人生だ。ぼくらも三年生で残りの時間はすくないのだ。彼も彼らしく歩き出す、ということだろう。みかは納得してない様子で説得を試みている。

「今日もな、ちょっとしたライブの仕事をとってきてん。お師さんが、どうしてもステージに立ってくれへんから、なんやグダグダになってしもたけど」
「ぼくには君を調律するようなスキルはないからね。ごめんね、みか。」
「なかば兄ィが謝ることないんやよ。おれがもっとちゃんとできてへんねやから。」

いいや、ちがうよ。ぼくも悪いところがあった。それだけだよ。人形遣いが完全ならば、なんて思うけど、無い袖はふれないしねだれない。タイ焼きをすべて食べ終えて、ぼくは白い紙袋を小さくたたんで頬杖ついてみかとなずなを見る。過去の栄光になんてすがっている暇はない。ぼくたちはぼくたちなりに進まなければ、きっとこの先『Valkyrie 』も崩されてぼくたちはみんなバラバラになってしまうだろう。生徒会によって、また崩されてしまうだろう。きちんと鳴る楽器があるならば、きっとぼくは辛うじて生きれるだろうけれど、ほかはどうなるか解らない。

「『Valkyrie 』は終わっちゃったんだよ。もうあんまり時間はないんだ。おれも斎宮も晦も三年生になっちゃった。青春を無駄にしたとは言わない。でも、三年間ずっとそいつに縛られてるのは御免だ。おれはもう操り人形じゃない。おれの人生を取り戻す。ほんの一瞬でも。」
「もとから人間だったのに、何をいうかと思いましたが。愚かしい。」

ぼくは生まれてからかすかすだけど鬼だ。残骸とも言えるほどの力しかないぼくが憧れているただの人間が、自由に人形をしていたのに、戻るのにも何をいうかと呆れたようにため息に乗せて吐き出す。むっとされたが、これはぼくの思っていることだから気にする必要はない、出ていきたいならいけば良いと思うよ。ぼくは止めない。来るものは拒まないし去るものは追わない。そんなスタンスだ。幸せにやってくれ、と言えば人形遣いにたしなめられるがぼくと君は違う生き物だよ。と言えば彼は納得するしかない。実像と虚像、ぼくと人形遣いの追い求めてるものはベクトルが違うのだから。

「たくさん泣くことになっても、つらくても笑顔で生きていける。」
「これはぼくの考えですから気にすることはありません。きみの人生を縛る権利はありませんし義務もない。」
「そう言ってくれると嬉しいよ。みかち……影片も、よかったら一緒に行こう?」

斎宮と一緒にいても、もう何にもならない。お前たちだって気づいてるんだろ?自分でいうほど影片は馬鹿じゃないもんな?住む場所とか、他にも何か困ったことがあるなら相談にのる。できる限り協力する。支援して守ってみせる。おまえのことは弟みたいに思っているんだ。
おまえも、お前の人生を取り戻せ。『Valkyrie 』が復活することなんてない。だから古巣を人形遣いを捨てていけ。そうなずなはみかを切り離しにかかる。ぼくはそんな光景をみながらちらりと向かいの人形遣いを見る。ただ何を考えてるかは解らないが、黙って順番に彼なりに処理をおこなっているんだろうな、ぼくはそう思いながらみかに視線を戻せば、みかが吠えた。お師さんは休んでるだけだから、おれたちが支えねばならないとみかは言う。

「必ず復活するんや、お師さんとなかば兄ィは最強やから!無敵なんやから、お師さんが夢ノ咲学院のトップアイドルなんやから!そやろ、なずな兄ィ?」
「二人とも頭を冷やしなさい。いい時間ですよ、近隣迷惑ですから。」
「…………」
「なぁ、なんとか言えや!お世話になったお師さんに後ろ足で砂ぁ引っ掻けてまで喋れるようになったんやろ!それがなにや、アホみたいに黙りこくって!ふざけんな、信じてたのに!裏切りもんがぁああああ!」

殴りかかろうとするみかを止めるためにぼくが立ち上がると、もういい。と人形遣いが重たい口を開いた。制止の声を掛ければ、みかは納得できない様子で、もごもごと口を動かしている。そんな姿を見て、人形遣いがため息をつくが結局帰ってくるだろう、と彼は彼なりの判断を行った様子だ。リーダーの言うことだから、ぼくは口を出すつもりはないが、たぶんの推測、かれは帰ってくることはない。一時的にたすけとなるならばなんて言っていたが、そのまま愛着が情が湧いたのだろう。人としてはいいことだと思うよ。ただ、あまりにタイミングが悪かった気はするが。

「助けてほしいと思ったら、いつでも僕のところに帰ってきたまえ。央の元でもいい。そうしたら発条を巻き青し、丁寧に糸を紡ぎ直し、いちばん上等な宝石の眼球を嵌めてやろう。」
「そんな日はこない、永遠に。じゃあな……。いかにも捨て台詞みたいで嫌だけど、おまえたちの今日のライブ見たよ。酷いもんだった。」

あれなら、初心者だらけの『Ra*bits』のほうが上等だよ。誰一人笑ってなかった。いや、晦は笑ってたけど。なずな、その続きを言うならば今度、ぼくが全力で潰してやろうか。ぎろりと、ぼくはなずなを見る。ぼくだって鬼の端くれだし、表立っては言わないがあの魔王の片割れだ。ぼくだってやろうと思えば出来るのだよ。

「余計なことは言わずに、さっさと去ればいいい。不愉快なのだよ、仁兎。二度と僕の前に顔を見せるな。残念だよ、君は僕の最高傑作だったのだがね」
「さようなら、迷ったら帰っておいで。ぼくは、ここで変わらずのらりくらりと音を奏でているよ。」
「あんまり上手に作ったから、お人形に心が宿っちゃったんだよ。じゃあな、今度こそ、『さよなら』だ。ばいばい。」

みかちん、お師さん。兄ィ。
そういえば、なずながぼくを兄と呼ぶからみかも呼び出したあの日を思い出しながら、去っていく仁兎の背中を見つめた。ぼくは追うつもりもないし、追いかける必要性もない。だけれども、きみの旅立ちに祈ろうではないか。ぼくらの人形。コッペリア、琺瑯質の目を持つ君よ。彼の旅路に幸あらんことを。そして、いつかまたぼくらと同じところに立つ日を、ぼくは心待にしているよ。君がいなくなった今、奏でれない音が増えてしまったからね。



[*前] | Back | [次#]




×