5





紅朗が事情を説明すると、そこから佐賀美陣の行動は早かった。奥のベッドに運び込み、近くの給湯室から湯を調達してこい。と指示を飛ばせば紅朗が出ていった。入れ替わりで、なずなと斑が入室してきて、二人に詳細を求めて、陣は推測する。
体育終わりに手違いで閉じ込めがあった、そこで眠ったかして低体温症になった…という感じかな。と判断して登良が寝かされているパーテーションの方に消えてった。斑は考えながらなずなの話に耳を傾けた。

「登良くんは昔から暗所恐怖症だったから、閉じ込められてパニックになったんだろうなあ。」
「え、登良ちん。そんなにひどいのか?ハロウィンの時に聞いたけどホラー映画でパニックになったんじゃないのか?」

家でも夜は電気をつけて寝てるぐらいだからなあ。合同合宿の時は、半面まだ明るいからその程度で済んだのだけれどもライブ前の袖口はどうだったんだ?
ふられてなずなは思い出す。初回のライブから、始まる寸前は震えていた。もしかして震えていたのは、暗闇だからだろうか?考えすぎる登良のことだから、薄暗かったからもしもそこで電気が落ちたら。…あの事故のようなことが起きたら。そう考えて不安と戦ってたのではないのだろうか?薄暗いあの袖での緊張と、ステージに上がれば練習と同じようなパフォーマンスをしてるという。光のある場所であれば、変わらないから肝の座った子だとも思っていたが、根本が違ったのか。なずなはそう思考する。
紅朗が給湯室から湯を拝借してきて、佐賀美は処置を続投していく。パーテーションの向こう側で、時おりカチャカチャ音がなるのを聞きながら、三人は近くの椅子に腰をおろした。

「昔から人に弱みをそこまで見せない子だからなあ。暗いのにもひっそり耐えていたんじゃないかなあ。」
「どういうことだ?」

紅朗さんは知らないんだな、登良くんは小さな頃から暗所恐怖症を患ってて、その体育倉庫外側からしか電気がつけられないだろう?だから、閉じ込められてパニックになったんじゃないかなあ、と俺は思う。そんなガキじゃあるめぇし、暗いところが嫌いだなんて。これは俺も父親から聞いた話なんだけども、父親に対しての報復目的で登良くんは昔誘拐されたと聞いているし、確かに数日間登良くんのいない日はあったけども。それ以来、夜は寝るときは蛍光灯がつきっぱなしだったなあ。
斑の言葉は、昔を思い出すわりに言葉尻が軽く、三人が三人とも首をかしげていると佐賀美が戻ってきて、授業が始まるから帰れと生徒三人を追い払ったが、三毛縞を呼び止めた。
「ちょっと職員室いって報告してくるから、面倒見てろ。」と佐賀美は吐き出して、職員室の方向に消えていった。やることもない斑は、弟のベッドの傍らに腰をおろした。低体温症と診断が下ったこともあって、厚手の毛布と布団をかけられていて。どこかで見たようなデジャビュに襲われた。あれは、いつだった?と斑が思考を巡らせる。確か、視界はもっと低かったし弟の顔つきももっと幼かった。…あぁあの事件が終わったあとだったか。母に手を引かれて入った病室で細く震えていた弟の姿だと思い出した。そのあとはどうしたかと記憶を引きずり出している間に、登良が目を覚ましたようだ。まだどこか意識は覚醒してない様子で、しっかりと目は開いてない。

「…お兄ちゃ…?」
「君の兄はここにいるからな」
「…ん。寒い…」
「俺をカイロにすればいいよ。」

斑がゆるく腕を広げると、登良は短く返事してそっと斑の腹に腕を回す。腰辺りにぴったりと額をつけてるのを見て、過去のシーンを思い出した。
この弟は人よりも誰よりも甘えることに関してへたくそなのを思い出した。昔からこの弟は嫌いなものや怖かったのも唇を噛んで耐え忍んで、怖いのを言葉にせず自分のなかで積み上げてそっと消化するように壊す。ひどく堅牢なように見せかけて、誰もいないところで泣くのだ。
あの幼い時もそうだった。斑がベッドの脇に座ると登良はそっと斑に抱きついて声なき悲鳴を上げるのだ。何年も昔なのに、あのときの事は記憶には残っている。こうしたあとはそっと頭を撫でれば、腹周りに回った腕の力が強まって、時おり鼻をすする音が一つ二つと溢れていくので、斑は「我慢してたんだろう?我慢しなくていいんだぞ?」なんて登良に伝えるが、もう反応はない。あれ?と疑問に思い自分の体と登良の間に隙間を作れば、静かな寝息が聞こえて斑はふと微笑んで、登良の頭をそっと撫でた。



[*前] | Back | [次#]




×