万年筆


「ギル、まだそれ使ってくれてたんだ!」

ブレイクから押し付けられた大量の書類に怒りとやるせなさと一種の諦めを抱きつつ、ひたすらペン先を走らせているギルバートの耳へ、嬉しそうに弾んだ響きの声音が飛び込んできた。
顔を上げれば、金髪碧眼の少年が、ギルバートの持つ万年筆を見て、きらきらと年相応な態度で目を輝かせている。

「オズ…」

主人である少年の名を呼べば、オズは嬉しそうに笑った。

「なあ、それってオレがプレゼントしたやつだよな?」
「ああ、そうだが?」
「やっぱり!見せて見せてー」

言われるがままに万年筆を手渡す。「懐かしいな」などと呟きながら、オズの翠玉の瞳がそれを映した。

「うわ、綺麗に使ってるんだな」
「そうでもない…、ホラ」

こことここにキズがあるだろう、と、覚えてしまった場所を指差してやる。オズは目を凝らしてそれを見、最後には呆れたように半眼になった。

「これっぽっち…キズついたに入んないよ、普通」
「そ、そうか…?」
「うん。」

即答して頷かれ、ギルバートは釈然としないように首を傾げる。
ギルバートからすれば、たとえかすった程度であろうと、キズがつく事は許されない。なぜなら、その万年筆は主人から頂いた物であり、それ以上に――好きな人から貰った、ギルバート一個人として大切な物だからだ。
とは言え、どんなに大事にしていても、使っていればいずれ必ずキズはつくもので。
実際、知らずの内についていた小さなそのキズは、とても深くギルバートを落胆させたのだ、が。

「こんな風に大切に使ってもらえて、ご主人様は嬉しいよ。」

オズはそんな事をかけらも気にしていないようで、よしよし、と頭を撫でてくる。
オズの中では自分はまだ小さな子供なのだろうか、と少し複雑な心境になりつつも、触れてもらえるのが嬉しくて、ついされるがままになってしまう。

「10年か…」
「?」

ぽつりと呟く声に見上げれば、オズは何やら思案顔だ。名を呼んでみるも耳に届かないらしく、反応がない。
こうなっては仕方がない。オズは昔から、考えはじめるとどうにも周りが疎かになるから。
オズの思考がまとまるまでに少しは仕事を進めておこうと、心ここにあらずの彼から万年筆を返してもらい、書類の記入を再開させた。


「誕生日会、やろっか!」

しばしの沈黙の後、オズが上げた突拍子もない第一声に、ギルバートは唖然として手を止めた。

「…誰の?」
「もちろん、ギルのに決まってんじゃん」

決まってるのか。
思わずそう突っ込みたくなる。

「オレの誕生日は、まだ先だが」

記憶を無くしたギルバートに誕生日を与えてくれたのは、他でもないオズだ。
彼が自分の誕生日を間違えるはずもないのだが――。

「分かってるよ。そうじゃなくて、10年間分!」
「10年間…?」
「そう。オレ、お前をずっと祝ってやれなかっただろ?」

祝えなかった。
そう言われ、合点が行った。
バスカヴィルによって深淵に堕とされたがため、この10年間、オズはギルバートの傍には居なかった。無論、誕生日も祝えなかった訳で。
だから今、祝ってくれると言うのだろう。
アヴィスから還ってきた、今――。

「……っ」
「…ギル?…わっ、」

気がつけば、オズを抱きしめてしまっていた。
いけない、と、頭の何処かでは警鐘が鳴っているが、構うものか。

「あの、…ギル…?」

戸惑ったような声音。
温もりを抱いた腕に力がこもる。

「…無事に還ってきてくれて、再び従者になることを許してくれた。これからもお前がかわらずに居てくれるのなら、それがオレの最高の誕生日祝いだ」

オズが息を呑んだ気配がした。
名残惜しく思いながらも、何とか自制して腕を離す。抱きしめていた時は見えなかった表情に、驚きと羞恥と――嬉々の色が見えたと感じたのは、自分の都合の良い思い上がりだろうか。

「…恥ずかしい奴だな」
「悪い、…だが、本当にそう思っているんだ」

ぶっきらぼうに言われて、気を悪くしただろうかと謝ると、オズはちらりとこっちを見、やがて明るく笑った。

「本当、ギルはギルだな。昔から全然欲がないや」

…いや、それは、どうだろうか。
オズにたいして抱いているこの感情は、無欲とは思えないシロモノなのだが――今は曖昧に笑っておく事にする。

「ま、とりあえず誕生日会はやるから!どうせなら皆呼んででっかくやろうぜ」
「オズ、だから…」
「いーの、オレがやりたいだけなんだから」

相変わらずの横暴な決定に、先ほどの自分の意思表明は何だったのだろうと苦笑してしまう。
だが、それがオズだ。記憶をなくし不安に思っていたギルバートが好意を寄せた主人。

「そうと決まれば、色々用意しなくちゃなっ!アリスやシャロンちゃんやブレイク、手伝ってくれるかなー」

生き生きと部屋を出ていこうとするオズの後ろ姿に、慌てて声をかける。

「頼むから面倒な事はしてくれるなよ!」
「はいはい、りょーかーい」

分かっているのかいないのか、――恐らくは後者であろう、寄越された陽気な返答に、ギルバートは深く溜息をついて万年筆を手にした。
今のうちに仕事を終わらせてしまおう。でないと、手を付けるタイミングを逸してしまいそうだ。

「…まったく、困った主人だ」

うんざりと言ったはずの自分の言葉は柔らかく笑みを含んでいて、ああだからヘタレだマゾだと言われるのだろうかと途方もないことを考えた。








万 年 筆
(万年程もある想いを、こので綴ろう。)










公式の誕生日ネタに萌えて書いてしまった。
どうして私の書く話はギル→オズになってしまうんだろう。次こそはラブラブさせたい(希望)。
お読みくださり有難うございました!


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