酸素欠乏症

ここ最近、息が上手く吸えない。
深呼吸しようとすると、鳩尾の上が鈍く痛むからだ。
原因は把握済み、だけれども認めたくない。
──同性のアイツが気になるせいだ、なんて。

<酸素欠乏症>

ホームルーム前の教室、女子がグループになって談笑していたり、男子が馬鹿話してたり。
いつも通りの朝に小さく欠伸する。
しばらく時計を見ながらボーッとしていたら、例のアイツが教室に入ってきた。
外が寒かったのか、マフラーを巻いていても頬が赤い。
「はよ、一ノ瀬」
「おはよ」
明るい性格と整ったルックスで男女問わず人気のあるアイツ、一ノ瀬は、俺の席の一つ前、自分の席に着くと
「はよ、篠原」
と笑った。
襟足が長めの黒髪がパサリと揺れる。
今日もイケメンだな、イラッとするくらい。
「……はよす」
「元気ないなー、低血圧?」
「っ」
元気出せーって言いながら、一ノ瀬は俺の髪をわしゃわしゃと撫でた。
勘弁してくれ、心臓に悪い。
跳ねた髪を直した俺は熱くなった顔を隠すように机に突っ伏して、それを見た一ノ瀬が
「大丈夫かー」
とかなんとか言いながらまた俺の髪を弄る。
なんなんだ、俺の髪好きなのかお前は。
いつもはこんなスキンシップ過剰じゃねぇだろ勘違いするから止めてくれ。
「お前らホモかよ」
「違うしー」
俺らの状況を見た周りの奴らが冷やかしてくる。
ちげえよこのやろ。
一ノ瀬もからりと笑って反論。
つか一ノ瀬は女の子好きだろ。
俺みたいな冴えないやつに好意を向けるとか有り得ねぇわ。
……駄目だ、こういうこと考えるから息出来なくなるんだ。
そう思ったところで、時すでに遅しってやつで、気管が絞られるように痛んだ。
うつ伏せの姿勢が辛くて身体を起こすと、一ノ瀬が「あ」と短く声をあげる。
「なに」
「髪の毛弄ってたのに」
「知らんがな」
そう言うと、ぶーと口を尖らせ拗ねた一ノ瀬。
……はぁ、つら。


その後も一ノ瀬は暇があれば俺の髪で遊んでいた。
遊ばれてる間、俺はほとんど息が出来なかったから、6限の授業が終わる頃には酸欠で頭がくらくらした。
掃除中、また髪を触りに寄ってきた一ノ瀬に、
「お前さ、そんなに人の髪好きなキャラだったっけ?」
と聞いてみると、
「えー、そんなことないかなー」
と白い歯を見せて笑われた。
また息が出来なくなったのは言うまでもない。


「それじゃホームルーム始めまーす。一ノ瀬くん前向きなさーい」
「あーい」
「どんだけ篠原好きなんだよ」
「らぶらぶー」
……このクラスは男も女もノリがよすぎる。
一ノ瀬が俺のこと好きな訳ないってわかってるから、女子も悪乗りすんだろうな。
痛んだ肺の辺りを押さえながら担任の話に耳を傾けていたが、短い息を繋いでなんとか呼吸が出来るようなこの状態に気がおかしくなりそうだった。
「──……以上、きりーつ」
ハッと気付くとホームルームが終わっていて、慌てて立ち上がる。
さよならーと形だけの挨拶のあと、ホームルームの終了を待っていた他クラスの女子が一ノ瀬を呼んだ。
女子の方は緊張した面持ちだが、一ノ瀬は普段通りの笑顔で応じていた。
告白とか、馴れてんだろうな。
「篠原、旦那が取られかけてる」
「うっせぇバーカ」
笑いながらそう言って、鞄を肩にかける。
一ノ瀬がいる方とは反対のドアから廊下に出て昇降口に向かった。
靴を履き替え外に出ると、冷たい風が吹き付けてくる。
さっむ。
余計息出来ねぇじゃんざけんな、とか心中で悪態を吐いてみたりしながら、早く一ノ瀬から離れたいと早足で歩いた。

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