『俺、苺が好き。』
その言葉が、何故だかやけに頭の中に残っていた。
それは、廊下ですれ違った時に聞こえてしまった彼の言葉だった。
クールな雰囲気の泉君に苺なんて似合わなくて、でも可愛くて1人でくすりと笑ってしまった。
[苺が、]
今、私は無くなってしまったコールドスプレーを買う為に、ドラッグストアに来ている。
自分のシャンプー等も見ようと思って結構長居をしてしまっているが。
コールドスプレーとシャンプーをカゴに入れてレジに向かった。
「…、」
レジの隣にはリップクリームが並べられていた。
その中でも目立っている赤とピンクのパッケージ。
みずみずしい苺の写真。
『俺、苺が好き。』
泉君の言葉が再び頭の中に響いた。
私は苺の香りと書かれたそのリップクリームを手に取りカゴに入れた。
「あれ?千代、良い匂い。」
次の日学校に行くと友人は私の小さな変化にすぐ気付いてくれた。
「へへ、リップ変えたの。」
「良いね。」
苺の香りと書かれたリップは本当に苺の香りがした。
泉君も、気付いてくれるかな。
そんな事を思いながら廊下を歩いているとその彼がちょうど教室の前にいた。
「泉君!」
あれ、今私呼ぼうとしたけれど彼のこと呼んでいないよ。
見ると可愛いらしい女の子が泉君の方へ寄って話していた。
「苺のタルト、作って来たの。」
そう言ってフワフワの袋を渡した女の子。
「おぉ!ありがとな。」
それを笑って受け取る泉君。
苺、のタルト。
泉君の好きな、苺、のタルト。
私はなるべく自然に自分の教室の方へと歩き出した。
「い、」
嫌だ、と叫びだしたい気持ちでいっぱいだった。
涙が溢れ出て来そうなのを必死に堪えた。
唇から漂う後付けされた苺の香りが、ひどく甘ったるく私の気分を悪くした。
━End━