「もういーかい?」
「まーだだよ!」
「もういーかい?」
「もーいーよ!」
[終わらないでわたしの青春1]
過程や理由は何にしろ、わたし篠岡千代は今、みんなと鬼ごっこをしています。
みんなというのは勿論西浦のみんなであって、しかし彼らだけではありませんでした。
桐青の島崎さん高瀬さん利央くん、武蔵野の榛名さん、三星の叶くん。
それにわたし、計16人が西浦のグラウンドで大々的に鬼ごっこをやっているのでした。
鬼ごっこをやる、と彼らが言った時わたしは勿論トレーニングの一環だと思っていました。
しかし他高も参加するという全貌を話した時わたしは思わず
「え?」
と自分の耳を疑ってしまいました。
「篠岡も参加ね!」
と言われた時はまだ自分の役回りを審判だと思っていました。
しかし違ったのです。
「はい!しのーかは鬼だからね!」
「お、に…?」
いつの間にかわたしは部室から連れ出されていて、グラウンドのピッチャーマウンドの上にいました。
不安そうな顔でわたしは、ここまで連れて来てくれた田島君を見上げて言いました。
「あの、わたし…おにぎり作らなきゃ…」
すると彼はニシシと笑ってこう返しました。
「大丈夫大丈夫!モモカンには言ってあるし!たまには息抜きも必要だって!」
「え、監督も?」
「うん!だから今日はおにぎりを作るよりこの鬼ごっこを楽しむのが監督命令!」
そこでやっとわたしの心はほっと安心しました。
今一番彼らの為になるのはわたしがこの鬼ごっこに参加すること。
「そーなの?」
「そう!俺も楽しむから!篠岡も楽しもうぜ!」
「うん!楽しむ!」
そう思ったら急に楽しくなって来て、わたしは小学校以来のそのゲームにわくわくしました。
田島君はじゃ!俺は捕まえないでね!と言って笑いながら颯爽と駆けて行きました。
「あれ…?」
わたしは鬼という自分が任されたの大役に責任感を感じながら、不思議に思いました。
他の鬼役は誰なんだろう?と。
「あ、阿部くん!」
ちょうど通りかかった阿部くんに聞いてみることにしました。
「あれ?篠岡まだ数かぞえてねーの?」
「うん、わたし以外の鬼が来てからにしようと思って…」
「篠岡以外の鬼…?」
「うん…」
わたしの質問に彼は目を細めて楽しそうに笑いました。
「それはいくら待っても来ねーから、早く数えた方が得策だな。」
「え?」光がまぶしい時の様に彼の目は三日月の形のまま。
「じゃあ…わたしがみんなを捕まえるってこと!?」
「そういうこと。」
「無理だよー」
「大丈夫、ちゃんと手加減するって。」
「それはそうだけど…」
へたりとマウンドに座りこむわたしを見て、くすくすと笑う阿部くん。
そんな姿を見てわたしは決めました。
「よし!頑張ります!」
「それでこそ西浦のマネジ!」
彼はまた楽しそうに笑いました。
そしてわたしは30までゆっくり数えて聞きました。
「もういーかい?」
「まーだだよ!」
また10ゆっくり数えてもう1度。
「もういーかい?」
「もーいーよ!」
その瞬間わたしの鬼としての夢みたいな時間が始まったのです。
わたしはゆっくりと走り出しました。
最初に見つけたのは花井くんと巣山くんでした。
幸い彼らは後ろから来るわたしに気付かず、何か作戦を話し合っていました。
わたしは慎重に音を立てないように彼らに近づいて、後ろから2人同時にタッチしました。
「花井くん、巣山くん捕まーえた!」
「「え…!?」」
後ろから聞こえた声とわたしの手の感触に驚きながら、彼らはがっくりと肩を落としました。
「花井がここに隠れてようとか言うから!」
「お前も名案とか言ったじゃん!」
「ふふ、隠れきれてませんでしたよ?長身キャプテン!」
「うわ、マジかよ!」
「それにしても篠岡さん強いっすね!」
「そんなことないです〜」
「うわぁ…俺ら超暇!最初に捕まったっしょ?」
「残念ながら。」
この鬼ごっこは1度捕まったら負けるルールなのです。
2人はとぼとぼとマウンド(捕まった人が集まる場所です)を目指しながら、思い出したように振り返りました。
「「部室の中、見てみ。」」
面白い悪戯を思い付いたかのように2人は笑ってわたしに耳打ちしました。
それを聞いたわたしは真っ直ぐと部室を目指すのでした。
コンコン、わたしは部室の扉の前で律義にもノックをしました。
理由はそこでわたしに気付いても逃げられることはないから。
「失礼しまーす。」
部室にはこの扉以外逃げ道は無いのです。
勿論返答は無くて中に入ってみると、いました。
「えぇ〜なんで!?」
パイプ椅子に座りながら、だらんと机にうなだれている水谷くんが。
「ふふ、内緒!」
逃げ場のない彼は動こうともせず。
わたしはそんな彼に近づいてタッチしてお決まりの一言を言いました。
「水谷くん、捕まえた!」
「あーもう…可愛い!」
「え!?」
「間違えた…悔しい!絶対捕まらないつもりだったのに!」
「あはは、ごめん。」
「そんな篠岡に朗報!」
「?」
そして彼はわたしの腕を掴んで部室から連れ出しました。
「なんか俺が篠岡捕まえたみたい。」
そんなことを言いながら。
そして部室から遠くない倉庫の前で足を止め、扉をガラガラと開けて中に入ると詰まれていたマットの1番上を勢い良く剥がしました。
「!」
わたしがびっくりしたのもつかの間、そこからは3人の姿、次いで悲痛のような声がしました。
「見つかったー!って…え!?水谷!?」
「は?水谷!?」
「なんで水谷?」
マットの間に隠れてたのは栄口くん沖くん西広くんの3人でした。
彼らは異常に水谷を連呼しながら出てきました。
「うるせ!お前らも道連れだ!」
してやったりという顔で倉庫の隅まで逃げる水谷くん。
「…はめられたってこと!?」
「うそ?こんなのあり!?しのーか!」
「…ごめんなさい、ありです。」
「うわー!水谷最悪!」
「なんかお前が空気読めないって言われてるの分かる気がしてきた!」
「そんな…お前らまで…」
なんか水谷くんが段々可哀想になってきました。
「え、えと…」
「こうなったら篠岡には早く見つけてもらわなきゃダメじゃない?」
西広くんが人差し指を立てて話ました。
「そうだよ!篠岡ここは任せて早く行って!」
「ここは任せてって…」
沖くんの言葉に眉をハの字にする水谷くん。
「多分出ればすぐ他の奴らいるはず!」
栄口くんもアドバイスをくれました。
「しのーかがんばれー!」
水谷くんは、にへらっと笑いながら手を振ってくれました。
わたしはありがとう!と言いながら倉庫を後にしました。
何故か親切に次の人がいる場所を教えてくれるなぁと思いながら。
残りは9人です。
今までは少しかくれんぼ寄りだったこのゲームも、人が減るにつれて厳しい戦いになるのでした。
[2に続く]