「ねー、千代ー」
「えええ!?い、泉くん?」
「なにー?千代ー」
「え、え?え?」
[媚薬まがい]
まさか、彼がこんなにお酒に弱いなんて、思わなかった。
もちろん私達は健全な高校球児ですから、お酒を飲んだ訳ではありません。
わたしは、事の発端となった床に置いてある金色の綺麗な包み紙を見やった。
水谷君がくれたウイスキーボンボンが包んであったそれ。
それに包まれていたウイスキーボンボンが、彼のことをおかしくしてしまった。
わたしも見たことない彼に変えてしまった。
「千代、」
さっきから彼はわたしの名前(名字じゃなくて名前!!)を呼びながら、わたしに近づいて来る。
「あの、泉くん…?」
「なんで逃げんの…?」
決して広くない泉くんの部屋の中で、わたしの背中はコツンと壁にぶつかった。
「逃げて、ないよ?」
とか言ったけど、うそうそうそ!逃げてます!
だってなんだか緊張するんだもん!恥ずかしいんだもん!泉くんじゃないみたいなんだもん!
「キス、して良い?」
「え、」
聞かれたら余計に恥ずかしい。
意外とシャイな彼だから、手を繋ぐのも精一杯で、キスしたのも最近の話だし、本当に泉くんじゃないみたい。
でも、わたしの名前を呼ぶ声は、不適なその笑みは、泉くんだ。
わたしの大好きな、泉孝介のものだ。
「…うん。」
触れ合った彼の唇からは、ウイスキーの苦い味とチョコレートの甘い味がした。
泉くんみたいな味だった。
「ばーか」
いきなり頭をポンと軽く叩かれて、わたしは驚いて目を開けた。
「え?」
「俺があんだけでおかしくなる訳ねーだろ?」
「えと、もしかして…演技?」
「大正解ー♪」
「もー!泉くんの馬鹿!」
「あー、悪かった…」
「別に怒ってる訳じゃないの!ただ、結婚した時に大変だな…とか考えちゃったから!」
「…っ!」
唐突にもう一度触れ合った唇からは、ウイスキーボンボンの味は消えていた。