りぼーん | ナノ

「獄寺さん…?」
ぎゅう、という音が何より当てはまるような抱きしめ方。
今日の彼はちょっと何かあったのかもしれない。





[抱きしめたい。1]





それはある日の昼下がり。
急にメールで彼の家に呼び出されたハル。
それはそれは急いで向かった。
何せこんな事は珍しい。
元々明日がデートの予定。
今日は会う予定は無かった。
それなのに彼がハルのことを呼び出した?
こんなに珍しくて嬉しいことは無いのだ。

合鍵でマンションのオートロックを容易く開け、彼の室番が書かれたドアの前で一応チャイムを押す。
ピンポーンという音を何度鳴らしても彼が出てくる気配も歩いて来る気配も無い。
「入りますよー…」
他人の家の鍵を開けドアを開けるのにはいつまでも慣れないハルであって、そろそろと不器用にその動作をして玄関に入った。

「獄寺さーん?」
靴を綺麗に揃えて彼の家にあがる。
廊下を歩きながら声を発しても応答が無い。
いつもはあーとかおーとか位は返事あるのに。
どうしたんだろう、ハルはふと不安に思う。

ひとまずリビングに入る。
見回す。
彼の姿はあった、黒いソファーの上。
でも仰向けに寝転がりながら、目に手のひらを被せてピクリとも動かない。

「寝てるんですか…」
小さな声でハルが呟く。
そろそろと近づく。

「ハル…?」
ハルに気づいた様に彼は手を下ろしてうっすらと目をあけて。
パラパラと銀色の髪が流れる。
ハルはソファーの前に正座をしてその細い髪に触れた。

「…!」
瞬間。
彼の腕がハルを捕えた。
ハルの首の周りに回る。
彼は寝転がったまま、ハルは正座したまま。
吸い寄せられて、ハルは彼の横に寝転がる。
狭いソファー。
2人でぎゅうぎゅうのソファー。

「獄寺さん…?」
返答は無い。
今にもギュウ、という音がしそう。
「何かあったんですか…?」
彼はハルに顔を見せない。
「どうしたの…?」
そう言った時、彼が顔を押し付けるハルの肩に暖かい水滴を感じた。
泣いてる…?





彼女が俺に回した手の力が強まった。
俺の涙に気付いたのだろう。

怖い、夢を見た。
小さな頃の嫌な記憶。
あまりにもリアルな記憶。
あぁ何処にも行かないで。
置いて行かないで。
僕の大切なひと。
愛しいひと。
愛をたくさんくれたひと。

それに加わる現実の想像。
今の想い。
お前まで何処かに行かれたら。
ましてや帰って来なかったら。
やっと見つけた運命の人。
何よりも大切だと思えた人。
一生守りぬくと決めた人。

そう思うと怖くなって。
彼女の存在を、温もりを、感じたくなって。
震える手でメールを打った。
急いで来てくれた彼女がとても愛しい。
抱きしめたくて。
存在を確かめたくて。
温もりを受け取りたくて。
夢中で抱きしめた。

「獄寺さん…?」
そんな俺を彼女は不思議そうな声で。
「何かあったんですか…?」
次は心配そうな声で。
「どうしたの…?」
最後に大切そうな声で。
その声があまりにも、似ていて。
懐かしくて。
我慢していた涙が流れてしまった。

「…ハルは何処にも行きませんよ?」
それは至極不思議そうな声で。
変わらない未来が見えているかのように。
さも当たり前のこの世の常識かのように。

俺の心の中が見えているかのように。
「大丈夫、」
「…っ、」
「獄寺さんは1人じゃないんです。」
「…」
「ハルがずっとずっと側にいますから。」
本当に?
「約束です。」
破ったら針千本呑まして良いですから。
笑った彼女。

どうか何処にも行かないで。
俺の愛しい運命の人。
いつまでもこの温もりを感じさせていて。





━End━





*あとがき
獄寺の夢に出てきた愛しいひとっていうのは獄寺のお母さんです。

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