「俺さ、川島と付き合うことになったんだ」

どうしようもなく馬鹿だった

 解っていたことだった。いつかはこんな日が来ることは。
 ただそれでも、三日前までお前の隣は俺の特等席だったのに、もう俺の居場所はなくて、まるで自分が空っぽな存在に思えて仕方がなかったのだ。
 あほらしくて、自分の滑稽さに涙も出なかった。
 
 三階の窓際から顔を覗かせるとあいつとあいつの彼女の後ろ姿が見えた。夕暮れに黒髪の二人の影が重なって、ああ、お似合いっていうのはああいう事を言うんだよな、と自嘲めいたことを思った。
 
 成績優秀、スポーツ万能な爽やか男。つまるところを言うとあいつは絵に描いたような人気者で彼女は小柄でストレートの長い黒髪がよく似合うおとなしめの可愛い子。文句の付け所がないじゃねえか。
 たぶん先に惚れたのはあいつで、でもって彼女もあいつのことが好きだって、告白した次の日には朝から一緒にご登校。周りに囃し立てながらも照れてるあいつの顔を俺は見ていられなかった。

 なんでそんなに嬉しそうな顔してんだよ。

 17年間傍に居たのに、あいつのあんな顔を見たのは初めてだった。

止めろ、止めてくれ。

傷んだ金髪の髪を手で押さえ付けてただひたすら窓際の席で堪える事しか俺にはできなくて。ああ、この苦しみが俺を殺してしまえばいいのに、そうすればこの痛みから解放されるのに、だけど結局は俺は死ぬ事は出来なくて、悩んだ数だけ、苦しんだ数だけ、俺の耳のピアスは増えていく。
 なあ、知ってたか。お前は俺がピアスを付け出した時、どうしたんだよって聞いたよな。髪を金髪にした時、悩んでる事があるなら言えって言ったよな。
 言える訳がないじゃねえか。言えば俺を受け入れてくれたか。いや、違うだろ。お前は俺を受け入れてなんかくれない。仕方がないことで、それが当たり前で、お前が当たり前な生活を何より望んでいた事を知ってた俺には言えるはずがなかったんだ。だって俺は、お前にキモチワルイってきっぱり言われて空気みたいに扱われる未来しか見えなかったから、きっと俺はそんな事を言われてもお前を嫌いになんてなれなくて、ただ息をするのが益々苦しくなるだけだと解りきっていたのだ。


 神様、神様。どうか罪深い俺を許して下さい。そしてまたあいつと巡り逢えるなら、次こそは何の障害もなくあいつに「好き」と言いたい。


◇◆◇


 馬鹿な奴を見付けた。

 そいつの席はアタシの斜め前。見た目だけならたぶんクラスで一番かっこいい。だけど金髪でピアスじゃらじゃらな不良ルックス。はっきり言って関わり合いになりたくない人種だった。
 ただ意外だったのが、クラスの爽やか人気者男と妙に仲がよかったってこと。まあ、そんなことどうだっていいんだけどね。

 アタシには親友がいる。黒髪のストレートがふわふわゆれて、色白で桃色の頬が可愛い川島柚子。ユッコはアタシのすべて。小さい頃からずっと一緒だった。気が小さくて危なっかしくて、だからこそアタシはユッコを守ってきた。だけどきっとそれは独占欲。解ってはいるの、アタシのユッコへの思いは友情なんて可愛いものじゃないことくらい。
 だからといって、アタシは欲望をそのままぶつけることはもちろんしない、好き好き大好き愛してるって言葉を言うことくらいしか出来ない。ユッコも決まって照れながらも好きだよって返してくれるたびに、相思相愛じゃんって思いたくなる。でも解ってる、ユッコのそれには友情以上のものは含まれていないことぐらい。

 ユッコに彼氏が出来た。

 夜にメールが来ていて、ユッコからだと解ると嬉しくて直ぐに開いた。だけどその内容を見てアタシは理解出来なかった。
 彼氏が出来たから明日から一緒に学校に行けないという内容だった。してやられたと思わずにはいられなかった。相手があの爽やか男だと思うと文句を言う事が出来ない自分にも腹がたった。


 ユッコと帰らなくなったアタシは暇つぶしに図書室で本を読んでから帰るようになった。一番の理由は帰り道まで二人を見ていたくなかったから、嫉妬心から自分が何を仕出かすか解らず、自分自身恐ろしかったから。

 その日はたまたま教室に忘れた携帯をとりに戻ったのだ。アタシはその時携帯を忘れたことに、そしてとりに戻ったことにこれほど自分を褒めたいと思ったことはない。

 教室は夕暮れの太陽の光を浴びて、真っ赤に染まっていた。まだ鍵が閉まっていなかったことにラッキーと思いながら教室を覗くとあいつがいた。そう、金髪のあいつ。定位置の窓際の席に座りながら窓の外を眺めていた。アタシは何だか入りづらくて、仕方なく扉の外から中を伺っていた。

 あいつ、あんなに細かったっけ。

 いつも以上に日焼けのしていない肌と人工的な金髪があいつの影を薄くして。何より夕陽の赤い光があいつを飲みこんでしまうような錯覚に陥った。

 
 あいつはいきなり立ち上がると何かに向かって一言ゴメンと言った。
 そして、窓に足をかけたのだ。


 アタシは教室の扉を蹴り開けた。そして無我夢中で走り、あいつの片手をおもいっきり引っ張った。

 もがくあいつをアタシは必死に抱き留めた。
 
 その時、窓から校門を出ていく二人の姿を見付けて、アタシは何となく解ってしまった。いや、もしかしたらずっと前から解っていたのかもしれない、だからこそ、自分とどこか似ていたから、こいつが気になって仕方がなかったのかも知れない。


◇◆◇


 急に視界が揺れた。

 今更怖じけづいたってのか。いや、違う。俺の右手を誰かがおもいっきり引っ張ったのだ。
 はっとした。止めてくれ、俺はもう思う事に疲れたんだ。
 俺がもがけばもがくほど、そいつは俺を放しまいと拘束する力をきつくした。

 ただ、俺は気付いてしまった。俺の頭皮に冷たいものがひたひたと流れ落ちていることに。そいつが泣いているということに。
 ふと前を見ると、窓ガラスにそいつの、竹宮佳奈の姿が写っていた。

 何でお前が泣いてんだよ。何でそんなに必死に俺を抱き留めてんだよ。訳わかんねえよ。

 そいつは俺の斜め後ろの席で俺のヒーローを奪った女の親友。すっげえ美人だけど、人工的な茶髪とすらりと高い背、そして川島以外にはニコリともしなくて、得に男嫌いと有名だったそいつは、一部の奴にとっては高嶺の花で、ある意味近寄り難い存在だった。まあ俺のが周りからしたら関わり合いたくない奴ナンバーワンだろうけど。

 ただそんな竹宮が泣くなんて思わなくて、ああ、こいつも泣くんだと、当たり前のことなのに、こいつだって女の子なのに、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。

「・・・ば、馬鹿野郎っ。てめえ何死のうとかしてんだよ。アタシだってな、必死に我慢してんだよ。解るか?お前が死んで誰が一番悲しむと思ってんだ。そりゃあ一番は親かもしんない、だけどお前の親友・・山下がどれだけ悲しむか解ってんのか。こんな学校で飛び降りようなんてしやがって。ずっと傍にいたのに気付いてやれなかったって、あいつが自分を責めることくらい解るだろうがっ。それともお前は、好きだった山下を悲しませてまであいつの中に自分の存在を残したかったとでもいうのかよ。だけどな、お前だけ楽になんかさせてやんない。アタシと同じだけ苦しい思いをしてもらわなきゃ狡いじゃん。生きさせてやる。絶対に死なせてなんかやんない。」

 竹宮の声は涙のせいか、ひどく荒れていて、そして腹の底から出しているような叫びに近かった。
 だけど何よりも、ずっと誰にも言ったことのなかった真実を言い当てられた驚きと、何故か俺のことを解ってくれていた奴がいたことが嬉しくて、俺まで涙が溢れた。


「竹宮、悪りい。泣かせちまって。でもって、ありがとな。」

 驚いたのか、とっさに拘束をといた竹宮は綺麗な顔を真っ赤にして吠えた。

「れ、礼なんて言うくらいなら初めからこんなことするなっ。馬鹿男っ。」

 あ。また馬鹿って言いやがった。女の子がこんなに口悪くていいのかよ。

 何故か可笑しくて、くすくす笑ったら。

 グーで殴られた。


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同性の幼なじみを好きになってしまった少女と少年の話





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