そして歯車は廻り出す

 カグラ邸は非常に静かであった。それは、主がここ数日屋敷を空にしている事が起因していた。屋敷内では執事長のヨーゼフのもと、数人の使用人達が主のいない屋敷を守っていた。
 今日も通常業務を終えた各人は、各々思い思いの過ごし方をしていた。ヨーゼフはというと、主の長期不在を思いながら、届いた手紙の仕分け中にふと眼に留まった一通について暗い表情を浮かべていた。

 黒を基調とした封書には薔薇を象った金の蝋印が捺されていた。それだけで、それが機密書類である事が伺える。そして、この書類は特定の者以外には開封することが不可能であることもヨーゼフは長年の執事経験から理解していた。つまりそれがいかに自分の主にとって重要であり、それと同時に危険な内容であるということを。

 そしておそらく主はもうこの内容を聞き及んでいるのだろという事は、カグラがここ数日屋敷を空けていることからも易々と推測することが可能であった。

 自分の主が今何処で何をしているのか、それを知る術がないことは解ってはいるのに、ヨーゼフはどうしようもなく心が落ち着かないでいた。



 軍の中核である白薔薇の館では、今国内で起こっている謎の病について話し合いが行われていた。

 もともとの発端は一年程前まで遡る、この国ルーベルの北西に位置する小さな村リュカスで初めてこの病の被害が確認された。リュカスは隣国カラバスとの国境付近という事もあり、カラバスとの国境にはミザン河という中流河川が流れていることから、その河川の水が原因ではないのかという声もあがったが、河川使用禁止令を出した後も病の進行は衰えることがなかった。

 そして一年、未だ続くこの脅威は刻一刻と中央に近付いて来ていることから、再度本格的に解決策を練らなくてはならなくなったのだった。

 この会議に出席出来るのは白薔薇所属の大佐以上の幹部のみであった。
 白薔薇に所属している異色の美女ルイーダ・ギルベルトは、面々の会話を聞きながら内心溜め息をはくしかなかった。

「(どいつもこいつも保身ばかり考えて、結局のところ今苦しんでいる国民の事など一切考えていないじゃない・・・)」

 実力社会であるとはいっても、ルイーダのように若くして地位を確立出来るものはほんの僅かである。特に白薔薇所属のような管理職の幹部など今となってはお飾りの貴族の老人が大半を占めているといえるだろう。
 そして、いくら大佐といってもこの中では一番下っ端であり若造であるルイーダには強い発言権などあるはずがない。

 だが、そんな中ただひとりこの場でルイーダ並に異色を放つもうひとりの若者が声をあげたのだった。



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