この恋0キロメートル

財前光には長年片想いしてい子がいるらしい。
そんな噂を数日前うっかりと聞いてしまった。
他にも他校に彼女がいるとか、何股もかけているだとか、いまいち信ぴょう性に欠ける噂もチラホラ聞いたことはあったけど、長年片思いしてる子がいる…っていうのが何故か耳に、頭に、心にじくじくと残って消えてくれない。
その理由は明白で、わたしが財前を好きだから。

他校に彼女がいる、何股も掛けているという噂は本人をちゃんと知っていればあくまで噂であって事実ではないとわかるから信じたことはないけど。
でも、ふと時々憂いを帯びたような表情を見せることのある彼を知っていれば、長年片思いしている子がいる、という噂はもしかしたらあながち間違いではないのでは、と思うのだ。

「……なんや、こっちジロジロ見て…」

「別に、なんでもないけど?」

「何でもないならジロジロ見てくるな、気が散るやろ」

「気が散るほどペンを動かしてるようには見えないけど、一応ごめんね?」


相変わらずというか、財前の物言いは少しキツイ。
けどそんな彼の物言いにも慣れてしまっているわたしは怯えることもないし、気軽に言い合えるくらいには仲もいいと自負しているから適当な返しだってできる。
放課後の部室、明日までの課題をまだ終えてないらしい財前はジャージ姿のままノートと教科書の交互に見てはいるけど肝心のペンはあまり動いていない。
その横で男テニマネでもあるわたしは部誌を書いているのだが、数日前に聞いてしまった噂が脳裏に張り付いてついついチラリと財前を見てしまう始末で。


「そういうお前もペン動いとらんやろ」

「だって、ほとんど先輩マネが書いてくれてるからわたしが書く事ないんだもん」


今日も小春先輩とユウジ先輩が面白かったとか、金ちゃんがたこ焼き食べたい食べたい騒いでたとか、銀先輩が何か念仏を唱えていたとか、それくらいしか浮かばない。
わざわざ部誌に書くことでもないので本当に書く事がないのだ。
肝心なことは先輩マネが事細かく書いてくれているのでそれはとても助かるんだけど。
じゃあ、はよ帰れと言わんばかりの視線を向けてくる財前に、負けじとニコリと笑ってやる。


「財前が課題終わるまで待ってるから一緒に途中まで帰ろうよ」

「は?なんで俺がお前と一緒に帰らんとならんねん」

「いいじゃん、2年間同じクラスで部活仲間なんだし、一緒に帰るくらい」


なんて、ほんとうは。
わたしが財前と少しでも長く一緒にいたいからだったりするんだけど。
言い合えるくらいの仲の良さはあっても、軽口でしかそんなことを言えないのはやっぱり少し切ない。
もし、わたしが財前の彼女だったなら、少しでも長く一緒にいたいからと素直に言えるのに。
せめてわたしにもう少し素直さと可愛さが備わっていたら、言い方だってこんな感じじゃなく、財前をキュンとさせることだって出来たかもしれないのに。

(こんなだから財前に女として意識してもらえないんだ)

そんな自己嫌悪に陥って小さくため息を吐くと、今度こそペンを机に置いてしまった財前が、じーっと穴が開くんじゃないかと思うくらいの強い視線を向けてきた。


「……な、なに?」

「朝倉って、白石部長が好きなんか」

「…は?なにそれ…なんでいきなり蔵部長が出てくるわけ?」

「今日、廊下で女子が数人で言っとった。朝倉さんは白石部長が好きらしい、て」

「いやいやいや…何その噂…わたし知らないし、何故蔵部長なの…」


今度は頭痛がしてくる。
確かにわたしと蔵部長は仲はいいと思う。
幼馴染とまではいかないけど小学校の頃からお世話になってるし、家も徒歩5分ちょいという近さだから一緒に帰ることもあるし。
なにより部長とマネージャーという立場上、よく廊下とかでも話す機会だってあるし。
見る人から見たらそう見える…こともあったのかもしれないけど。

もしそんな噂が流れていたのだとしたら、財前の耳には入れて欲しくなかった。
わたしが好きなのは、財前なのに、そんな勘違いして欲しくない。
わたしが否定をすると、ふーん…と言いながらもまだ何か言いたそうな彼の表情。


「…なに、まだなにかあるわけ?」

「まだもう一つ、噂聞いた」

「まだあるの……。いい加減にして欲しいんだけど…でも一応、聞きたい」

「違うよ、朝倉さんが好きなのは財前くんだよ、…ってやつ」

「………………えっ?!」

「こっちの噂はどうなん、朝倉」


今度はニヤりと口元を少し歪めながら、そんな噂があると口にする財前は、何処か勝ち誇ってるようにも見えて。
つい、動揺が隠せず声にも行動にも出てしまった。
ガタッと勢いよく立ち上がるとパイプ椅子が床に落ちたけどそんなの気にしている場合じゃなくて。
早く何か言わないとと思えば思うほど、焦って言葉が出てこない。

財前が好きなのだから認めてしまえばいいんだけど。
でも、認めたところで、財前には好きな子がいる…そんな噂が脳裏に何度も浮かんで。
あなたのことが好きなんです、なんて言ってもフラれるのがオチだろうから言えない。
けど、含みを持たす笑みを浮かべたままの財前を見ると、ああもう、バレてしまってるんだろう。


「え、あ…、その……。ざ、財前だって!長年想い続けてる好きな子がいるって、き、聞いたけどどうなの?!」


認めることも否定することもできず、咄嗟に聞いてしまった噂を訪ねてしまった。
聞いてから後悔したところでもう遅い。
これで財前が本当だと答えたら、確実に今日は枕を涙で濡らすことは決定だ。
わたしの問いに、財前は、やっぱりニヤりと笑うばかりで、ゆっくりとした動作で立ち上がると一歩、また一歩とわたしに近づいてくる。


「さあ、どうやと思う?」

「っ、知らない…!てか、財前、近いっ」

「お前こそ、俺が好きっていう噂どうなん。それに答えたら…教えてやってもええけど?」


壁際まで追い詰められ、財前との距離がグッと近くなった。
あと数センチでキスできちゃいそうなそんな距離に、鼓動は一気に加速する。
こんなに近かったら、絶対わたしの心臓の音がバレてしまう。
けれど大好きな人がこんなに近くにいて、いまにもキスされそうなほど唇も近くて、ドキドキしないわけがない。
あー…、とか、うー…、とかしか答えれないわたしに、財前は一旦離れると机に置いていたノートを手にして見せてきた。


「…な、に?」

「課題、ほんまは終わっとんねん、とっくに」

「え、でも…まだ終わってないから残るって…」

「………朝倉って、ほんま鈍感やな」

「え、…ど、どういう意味?」


課題はとっくに終わっているのに、わざわざ嘘ついてまで残ってた理由。
でも、それは、自分にとっていい解釈でしかない。
もし財前に長年片思いしている子がいて、けれどそれが自分であるわけがないと思っていた。
財前から特別女の子扱いを受けてたわけではないし、それどころか結構口喧嘩だってするし、馬鹿だの阿呆だの罵倒されたこともあるし。
そんなの、そんなの……きっとわたしの勘違いに決まってる。


なのに、期待してしまう自分が確かにいるのだ。


「ざ、財前は……もしかして、わたしのこと…好き、なの?」

「なんで疑問形やねん」

「だって、」

「……入学式で、隣の席になった時から」

「え?」

「……せやから、入学式で隣の席になった時から、朝倉のこと好き、やって言うてるんや」


いい加減、わかれや阿呆。
そう言って、そっぽ向いた彼の頬も耳も紅くなっていて。
照れている財前なんて見たことがないから、思わず凝視してしまった。
入学式の時からって、もう2年以上が経つわけで。
それは、わたしの財前光に対する想いの長さでもあった。


(あの日から、…同じ気持ちだったの…?)


だとしたら、なんて今まで遠回りしてきたのか。


「お前は、どうなんや。はよ言えや阿呆」

「……わたしも、好き、財前のこと大好き、入学式ではじめて財前みた時から、ずっと、好き、でした」

「まあ、当たり前の答えやな、お前の態度見取ればわかるって話や」

「はあっ?!え、財前、し、知ってたの?!」

「当たり前や、2年以上お前を見てたんやから分かって当然やろ。まあ白石部長と仲がいいのは知ってるし最初そないな噂聞いたときは一瞬、まさか、とは思うたけど」


まさかわたしの気持ちが知られていたとは。
自分ではうまく隠せていると思っていただけに、今までの言葉も行動も財前には全部その意味がバレているのだと知って恥ずかしさが込み上げる。
それに自信満々な財前の物言いにも頬が熱くなる。
2年以上見ていた、なんて言われてしまうと、なんでもっと早く告白してくれないんだ、とか少なからずあった怒りすらどうでもよくなって。

ああもう。
やっぱりそういう素直じゃないとこも好きだとか思っちゃうんだ。
態度も行動もムカつく!って思うことあるけどそれ以上に、好きが勝ってしまう。
きっとこれからもわたしは財前に振り回されていくんだろう。


「ねえ、財前……」

「なんや」

「財前は、わたしのどこが良くて好きになってくれたの?」

「…………それは、」

「それは?!」

「言うわけないやろ、秘密や秘密」

「えー!教えてくれてもいいでしょ、ケチ!」


友達よりはとても近くて、けど恋人になるには遠くて。
けど蓋を開けてみたらわたしたちの気持ちは一緒だった。
最初、噂聞いたときはショックだったけど、でもあの噂を聞いたから今という瞬間がある。
一度伝えてしまった想いは、我慢してきた分溢れて止まらないから。


「……財前」

「なんや」

「…大好き!」

「あっそ、俺のほうがお前の何倍も好きやと思うけど」

「そんなことない、私のほうがもう何倍も何十倍も財前が好きだもん!」

「はいはい、さよか」


好きだと伝えるたびに、あなたが嬉しそうに笑ってくれるから。
ただそれだけで、泣きそうになるくらい幸せで胸がいっぱいになって。
そして、ふたりの距離が一気にゼロになる。
初めてしたキスはしょっぱくてでも甘い味がした。



(これからはたくさん、あなたに想いを伝えるよ)

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