財前光 (甘)

「あー…彼氏がほしい!」


テニス部の部室で叫ぶようにそう言えば。
同じく部室でスマホを弄っていた財前くんが、またか、というような呆れた表情でこっちを見てきた。
だって仕方ないでしょ、周りの友達はみな彼氏持ちで。
昨日は彼氏と何処に行ったとか、離れてる時間が耐えられないだとか。
そんな熱量が増す恋バナをただただ聞いてるだけのわたし。


「…先輩、毎回そればっかッスね…」

「う〜!だって…彼氏欲しいんだもん…!」


わたしだって、彼氏の話で盛り上がりたい。
だって恋バナをする友達はみな、とても幸せそうで、そしてとても可愛らしいのだ。
恋をする女の子は可愛くなると聞いたことがあるけど、本当にそうだと思う。
ただわたしの場合、彼氏以前の問題で、恋すらまだ未経験なのだけれど。


はあー…とため息を吐きながらポケットの中から飴ちゃんを取り出すとそれを勢いよく口の中に放り込んだ。
少し酸っぱいレモン味が口の中で広がる。
コロンと舌で転がせば、そんなわたしの姿をじーっと財前くんが見ていた。


「なに?財前くんも飴ちゃん食べたいの?」

「…別に。…先輩はそないに彼氏が欲しいんすか?」

「ほしいに決まってるよ!けどその前に、好きな人見つけなきゃなんだけどね…」


アハハ…と苦笑いを漏らすと、財前くんは「ふーん…」と興味なさげな返事をしたかと思ったら、ガタンと椅子から立ち上がって、わたしの前に立った。


「財前くん……?」

「飴、やっぱください」

「えっ、あ、うん、いいよ!待ってね!」

「…ちゃう、こっち、」


彼の言葉とほぼ同時に、唇に触れたなにか。
それが彼の唇なのだと理解するのに数秒かかった。
遠慮なく入ってきた彼の舌がレモン味の飴ちゃんをコロンと転がしていく。


「んっ、はぁ、なに……っ」


やっと解放された唇から漏れた声は吐息混じりで。
初めてのキスが財前くんで、しかもなんの前触れもなく奪われてしまったことに頭が真っ白になる。
けれどそんなわたしに構うことなく、ペロリと唇を舐める彼は中学生のくせに妙な色気があって。


「先輩の彼氏、俺がなったりますわ」

「…………え?」

「だから、先輩の彼氏に俺がなったるって言ってるんや」

「…なにそれ……」


好きでもない女の子と簡単にキスができるのかこの男は。
しかも彼氏になってやるなんて、どうかしてる。
けれど、そう言って再び近づいてくる唇を拒絶することができなくて。
わたしは真っ白な思考のまま二度目のキスをするのだった。
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