◎白衣がひらり、薬がじわり

鬼灯…医学部薬学科の大学3年生

白澤…教授


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「ねえ、鬼灯。」


ワイシャツの上に白衣を着たままの黒髪の男がそう呼びかける。書類を整理していた私服の男はその声に顔をしかめながらくるりと振り向いた。


「なんですか教授?」


形式だけのなにも敬っていない声。鬼灯と呼ばれた男は素っ気なく返事をした。


「いつも整頓ごくろーさん、って。言おうと思って。」

「なら散らかすな。……まあ、交換条件ですので構いませんよ。」


この部屋には書類やら何やらが沢山埋まっていて、本が息をしているように悠然とそびえたっている。
自分よりも背の高いそれは、まるで生きているかのような壮大さや威圧を部屋の中にいる者に与えてくる。

もともと大学側から与えられた白澤の部屋だ。

教授。東洋医学の権威、白澤。

ネームバリューも立派な、まだ年若い男に与えられたその部屋は、一ヶ月もたたないうちにこの状態になったと聞く。

それからずっと、そのままにしてあるのならこれだけ埃がたまるのも頷けた。毎回わけて掃除しないと終わらないのだ。

鬼灯は医学部薬学科の学生で東洋医学を学ぶためにこの男がいる大学に入った。

そしてこの男の授業をとり、この男を漢方医としても師と仰いだ。

白澤は女にだらしなく嫌いなものなどないという、自分とは相容れない存在だとしても頭の中だけは他のどの教授にも勝る。
今だってこうして、本来なら見ることのできない資料を見るため白澤の部屋の片付けをしているくらいなのだ。
この教授に教えてもらえるものを全部学んだら、この関係も終わり。
そのつもりだが東洋医学の権威の名は伊達じゃなく、あと何年かかるか検討もつかない。
「大学生って若いけど未成年じゃなくていいよね?」
とか腰をさすりながら言ってくる白澤をプライベートまで付き合いたいとは思わないが、仕方ないと思うしかない。
鬼灯ほ人知れずため息をついた。


「教授、やめてくださいって何回も言っているでしょう。セクハラで訴えますよ?」

「ええー。そこは電車内で同性に痴漢されてもプライドがあって言いだせない男を見習おうよー。」


ケラケラ笑う白澤にじろっと蔑みの目を向ける。言ってることが最悪すぎる。


「もしかしてやったことあるんですか?」

「んー男には興味ないんだよねー。」

「じゃあ、触んな。」


ビシッと、また伸びてきた手を払い落とす。
白澤は払い落とされた手をさすりながら、懐かしいなーとわけのわからない言葉をこぼした。


「鬼灯はさ?死者を蘇らせる薬があったらどうする?」


また唐突に。そんなことを聞く。
白澤はたまにわけのわからない質問を鬼灯にひとつずつ与えてくる。それが何回も重なりもうかなりの量の質問をされた。
何度考えたって意味のわからない、
そんな質問なため、いい加減鬼灯の堪忍袋の尾が切れそうだ。
鬼灯は資料のため、と自分に言い聞かせておとなしく白澤の質問に答える。


「……大切な人でも、蘇らせるんじゃないですか?」

「倫理観とかは考えなくていいの?」

「さあ?そもそも死という誰もが迎える人生の終結をくつがえしてまで蘇らせたいほど大切な人がいるなら、その人には倫理観など関係ないんじゃないですか?」


私にはいないのでわからないですけど………


そう言って、目を伏せる。

こういう質問をされるときの白澤はまるで自分が知っている教授ではない気がして落ち着かない。漠然とした不安に襲われる。

前に何事かと、目を見て答えてしまった時があったがその時は背筋に嫌な汗が流れた。

あれはチシャ猫とかそういった類の。
猫が獲物に向ける目だ。

普段ならふわふわして掴み所がないところなど、動物に例えても良さそうなのにこの時は駄目だ。
どう頑張ったって動物ではなく得体の知れぬ化け物に見える。


呪いって実在すると思う?

しがらみって本当はどういうものだと思う?

愛の本質って、なんだと思う?


まるで本当に呪いを使ってきそうな、運命を操ることすらできそうな、愛を可哀想なものだと捉えていそうな白澤に。毎度、心の底から冷え冷えする恐怖を味あわされる。

それでも通うのを止められないのは、そんな白澤にどこかすでに囚われてしまっているのかもしれない。

女子生徒が騒ぐのが美貌だけでないことくらいわかる。

博識なところ。ジェントルマンなところ。

そんな綺麗な面じゃなくて、もっと本質にあるドロドロしたものを飲み込んで身体中汚染されてしまったかのような危うさ、とか。

昔の人々が恐怖や天災から身を守ろうと神々を祈り、その恩恵を欲したように。
神といういるかもわならない、自分とは別次元のものに救いを求めるように。

自分よりも遥かに崇高な生き物に近付きたい、という思いが心のどこかしらにあるんじゃないかと。

白澤のそばにいると自然と幸せな気分になれるの、と何人もの女子生徒が言っているのを聞いた。
けれど鬼灯は思うのだ。
それはもっと、そんな感覚的な話ではなくて、幸せなこともあるのだけどそれだけではなくて、全く違う生き物に近付くようなそんな危うさを孕んでいる気がするのだ。


「ほら、お疲れ。お前は相変わらず変なことを考えているみたいだね。」

「……変なことを聞いてくるあなたに言われたくありません。」


白澤が一言、言葉を放てばさっきまでの空気が霧散して。
暗雲が立ち込めた空が一気に蒼く変わる感覚に襲われる。
それが感覚であって、事実でなければいいなんて。本来ならあるはずのないことを思うところが、変に気に障る。

いい加減に解放させてほしい。

この訳のわからない感覚から逃げ出したい。


「教授、」

「ストップ。」


鬼灯の声は最後まで発することなく重ねられた。それに文句が言えないのはさっきの暗雲が戻ってくるような、寒気がしたからだ。
そんな鬼灯を無視して、白澤は続ける。


「それを言っては戻ってこれない。お前は今、開けてはならないパンドラの箱の前にいるんだよ。」

「…………………は?」

「よく考えて言葉を発するといい。ただ、……自分の言葉には責任を持たなきゃいけない。」

「………………。」

「今、逃げ出したいと思ったんだろう?終わらせたいと思ったんだろう?……終わらせることはできるけど、お前は戻ってこれないと言っているんだよ。」


優しく静かに微笑む白澤に、今度は目眩がした。それだけでなくて、睡魔も。
それが身体の中からくるものだと、さっき飲んだものが原因だと思い至るまで時間はかからなかった。

口をつけた紅茶が禍々しい毒薬のように思えてくる。


「お前はその箱を開けるの?」


ゆるりと笑う白澤に、ズルいと言いたい。

答えさせないために、相手を眠らせるなんて。
でもきっと、それは鬼灯のためで。
本当、この教授はわけがわからない。


「あなたは一体何者なのですか?」


そう問えば全てが終わる気がした。



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*補足

白澤さまは神獣のままで、鬼灯さんは一回死んでいます。
鬼灯さんが死ぬたびに自分のことを忘れられるのが嫌で現世までついてきて、今回は普通に死なせるんじゃなくずっと自分のものにしてしまおうとか考えてる白澤さま。
でももう少しくらいそのまま人間でいさせてやりたい気持ちもあるから、迷いに迷って鬼灯が自分のリミッターを外しそうな言葉を言う前に眠らせてその言葉を忘れさせちゃう。

本当は……ビーカーで珈琲沸かしてきゃっきゃうふふドカァンゴロゴロ青春?してる白鬼が書きたかった………orz






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