◎過去と未来と忘却炉


*捏造やオリキャラ(という名の当て馬)注意


ありがとう

彼女の唇が弧を描いた。

ガシャン

何かが壊れる音を聞いた。





鬼神には誰にも知られてはいけない力があった。それは途方もない。上手く利用すれば国ひとつ奪えるほど強力な力。決して兵器のように壊す力ではないのに、恐ろしく危険な力。
過去も未来も。全てを意のままに見通す、そんな力が。鬼神、鬼灯にはあった。
それは昔から。丁であったころから備わっていたものだった。だから自分が雨乞いの儀式で死ぬことも随分と前から知っていた。そのときから村人を恨んでいた。長い間、蓄積された恨みも助力して鬼火を引き寄せたのだろう。
知った未来は変えられない。
知った過去はその業を背負わなければならない。
それでも未来にはいくつかの選択肢があった。過去は一つの扉しかなくても、未来はいくつかに分岐している。ただその幾つかが全て自分の望むものではなくとも、知ってしまえばその幾つかの中から未来を選ばなければならない。選択肢が新たに置かれることはない。運命は決まっている。あのときだって、雨乞いで死ぬか、キツすぎる労働で死ぬか、村の子供たちの度を知らない虐めで死ぬか、不衛生な場所での衣食住で疫病にかかって死ぬか。多少の差異はあれど、鬼灯の寿命は決まっていた。鬼灯はただ一番ましな死に方を選んだだけだ。過労死も悪くなかったが、死ぬ間際に村人たちのカオを見たくなかった。それに鬼灯が死んでも埋葬ひとつ丁寧にしてはくれないだろう。
だったら、まだ……。
そう思って見に包んだ白装束。勾玉が物質的な意味以上に重い。美しい白が、純白が、こんなに。こんなにも恨めしくなるなんて。
未来を見たときに見た自分と全く同じ格好。この力を露見させればもっと良い生活ができたのだろうか。いや、そんなわけがない。嘘つきと罵られるか、高く売られるか、待っていたのはあの時以上の苦。では、これでよかったのか。雨乞いの儀式で静かに死んだのは果たして正解だったのか。
結果、鬼として今ここにいる。
正解だった。そうだろう。これ以外の死に方では鬼にはなれなかった。
が、
それでもこの問題は鬼灯にとって簡単に割り切れるものではない。この人にはない力で自分はもっと幸せに生きれたのでは?他人の不幸な未来をも利用することができたのでは?そんな考えが時々鬼灯の中に渦巻く。
悲しい
辛い
嫌だ
暗い
何もない
何も見えない
何も感じない
あの時のことは忘れない。丁の苦しみも、痛みも、絶対に。鬼灯が忘れてしまったら、丁の恨みはどこへ消えてしまう?丁の存在はどこに消えてしまう?
そんなのは嫌だ。
たとえ幾千昔の話でも、あの子は鬼灯で、鬼灯はあの子。絶対に忘れない。忘れてたまるか。あの恨みも、絶望も。ずっとずっと鬼灯の生きる糧となる。足枷となる。
誰かを愛する存在ではなく、憎む存在なのだと。知らせてくれる。
「は、…………。」
人とはどうして自分にないものを求めてしまうのか。鬼灯もそう。元人間の定め。鬼灯が好きになったのは自分にないものの塊だった。女の子にだらしなくて、全員を愛せて、絶対の力を持っている。絶対の命を持っている。
大っ嫌いだ。どれだけその塊が心の闇に何かを秘めていようが、最初から神として生まれたそいつが大っ嫌いだ。全知全能のくせして、吉兆の印のくせして。何も自分にくれない。救ってくれない神サマ。
憎くて憎くて愛しい、汚い恋。だから、この恋は叶わない。
叶わなくて、いい。
でも、そんな未来を見たときは少し泣いた。





「私、今度結婚するんです。」
そう言った目の前の鬼神に、白澤は目を見張った。失礼な話だが、このドSド鬼畜野郎と結婚できる相手なんていると思ってなかった。ずっと、ずっと。鬼灯との関係が変わることがないと、信じて疑わなかった。何か言わなくては。いつものように、からかって。それから。……どうするんだっけ?
「へぇーお前がねぇ。……相手は?天女?鬼女?もしかしてお香ちゃん?」
「………EUの方です。地獄ではなく天国ですけどね。」
「……………は?なんで?てか天使なんてどこで知り合ったの??」
EU?まさかの国際結婚?なんでそんな……。わからない、なんとなくわかるけど。
「なんでって、政に決まっているじゃないですか。所詮、政略結婚ってことでしょう。」
「でもお前じゃなくたって。」
「相手はそれなりの地位の方です。それに相手のご指名らしいので。……仕方ないことです。」
「お前だって天使がどういうやつらか知ってるんだろ!?リリスちゃんみたいな悪魔よりよっぽどたち悪いだぞ!あいつらは、……無垢で美しくて、残酷。よく聞く話じゃないか。」
「あなたそういう女性、嫌いじゃないくせしてよく言えますね。……まあ、知っていますけど。私だって乗り気ではないけど仕方ないでしょう。」
おかしい。いつもの鬼灯じゃない。いつもなら相手が神獣白澤であろうがEUの外交であろうが気に食わないことは様々な手段で切り捨てるのに。
仕方ない、で片付ける鬼灯ほど変なものはない。どうして?どうして好きな相手ならまだしも、乗り気じゃない結婚を了承したの?どうして特別を作ろうとするの?
嫌だ。
そう思うの同時に、白澤は漠然とした不安に襲われた。
「断れないの?外交だって悪いってわけじゃないでしょ?攻め込まれたってお前が本気をだせばある程度食い止められるし、僕だって協力するよ?あそこには可愛い女の子もたくさんいるし、なんでお前が結婚なんか……。」
………愛じゃない。白澤の鬼灯に対するこれは、愛じゃない。
ただ。長い時を一人で過ごすにはあまりにも寂しくて。やっとやっと、見つけた。僕に媚びへつらうことをしない鬼の子。生まれが他にない、珍しい鬼。もしかしたら一生死ぬことのできない、僕と似た存在かもしれない。そんな希望がある、鬼灯という鬼。ずっと一緒にいてくれるかも、この寂しさを紛らわせてくれるかも。求めても求めても埋まらない心の隙間を、埋めてくれるかも、………しれないのに。
「今日、大王から切り出されるでしょうね。もう外堀は埋まっているようですから。」
「………まだ、言われてないの?」
「ええ、誰も知りませんよ。多分大王もまだ知らないでしょう。」
「なんで…………。」
知ってるの?なんで知ってるのに対処しないの?
白澤の疑問を含んだ視線が鬼灯を捉えた。
そんな白澤に鬼灯は緩く笑う。鬼灯の笑顔なんて見たことがない。ましてや白澤の前でなんて。
「……白澤さん。運命は変えられないんですよ。」
その唇に空気をのせて。薄く、自嘲気味に。儚げに笑った鬼灯に、白澤は動けなかった。
風が横を過ぎる。まるで背中を押しているようだ。
考えてみればおかしいだろう。なんでたかだが人の子が鬼になっただけで、こんなにも地獄を画期的に変えることができた?有能な人間だったで言い切るにはあまりにも不自然なほどの働きぶりだ。
………それに。それにあの時の鬼灯は、まるで未来を見通しているようではなかったか?
「……………。」
白澤は神獣の姿になって地面をけった。桃源郷が一瞬で小さく後ろに映った。





「こんばんは。」
銀色の髪が振り向くのにあわせて靡いた。紫色にらんらんと輝く目がこっちを見る。EUの天国。天界。それを仕切る天使たちの高官の娘。
彼女を探すのは思った以上に簡単だった。たとえ天使が相手でも白澤は神様なのだから当たり前である。言うなれば彼らの長、大天使ミカエルよりも神という上位にいるのだから。
「………あなたは?」
鈴のなるような声。白澤とて初めて出会った。なるほど、これはこれは。今まで出会ったどの女性より美しい。
無邪気に無垢に、残酷に。
彼女たちとずっと一緒にいられるEUの亡者はさぞかし生前の行いに感謝しただろう。
けれど鬼灯の婚約者であろう彼女は、無邪気とは少し違う気がした。博識のある落ち着いて物静かな、鬼灯が好みそうな女性だった。
「僕は中国妖怪の長。白澤だよ。」
「………………あの神獣の?」
「そう。じゃなかったら君のお父さんに入れてもらえなかっただろうしね。」
「………………。」
「単刀直入に聞くけど、君地獄の補佐官と結婚する気あるの?」
「………………。」
紫色の瞳がじっとこちらを見る。
ひどく居心地が悪かったが、ここで逸らすわけにはいかなかった。
真意を探られるのはあまりいいものではないけれど、目を逸らしては鬼灯を裏切ってしまうかのような。そんな気がしたのだ。
最初に目を逸らしたのは彼女のほうだった。彼女は逸らした瞳をそのまま空に浮かぶ月に向ける。彼女の瞳を覗き込めば、きっと紫がかった月が見えるのだろう。硝子玉のような、その瞳に。
「あなた様は彼のことが、好き、なのね。」
「あれは僕のなんだよ。……君からお父様に説得してもらえないかな?」
「………………。」
白澤は結婚を彼女から言い出したことではないと、なんの確証もなく信じていた。彼女があの鬼を欲しがるようには思えない。
「わたくしが、お父様に頼んだのです。」
「君が?鬼灯と結婚したいって??」
「ええ。」
「なんで、そんな………。」
だからその告白に驚きを隠せない。どうして?あの鬼の何が、……彼女にそうさせたんだろう?
「わたくしは、遥か昔過去と未来が見えたのです。」
「………………。」
「そして、それを、遠くの空に捨ててきました。………遠い過去の話です。」
「………まさか、それって。」
「ええ、ある人間の腹に宿りました。先日、EU地獄に来ているときに偶然お会いして確信したのです。わたくしの目を持っている方だと。」
「今さら、目を返してもらおうと思ったわけ?」
彼女は首を横に振る。白澤には彼女の真意がまるでわからない。
「あれは持っていて幸せなものではないのです。」
「でも、未来が見えるって!!それなら!」
「自分の好きに変えられるとお思いでしょう?違うのです。」
「??」
「………運命とはわたくしたちですら変えることのできぬ定めなのですよ。」
『運命は変えられないんですよ』
先の鬼灯の言葉と彼女の言葉が重なった。頭が重い。吐き気がした。そういうことか。鬼灯には彼女と結ばれる未来が見えていたのだ。
「白澤様は彼を愛しておられるのでしょう?」
「……………。」
「あなた様は神様なのでしょう?」
………ああ。
天使とは無邪気に無垢に、残酷に。こんなふうに人を誘惑するのか。だからこんなにも、美しく存在するのか。
「それでは、わたくしは何もいたしません。そばにいても出来ることなどあまりないでしょうから。」
………あなた様が、
「あなた様が、彼にまじないをかけてあげてください。」
その目に、未来よりも、過去よりも先に。艶やかに、あなた様が映るまじないを。
そう無邪気に笑った彼女は確かに純粋無垢の残酷な天使サマだった。

カミサマなら運命をも変えられるのですよ

その言葉が一番、白澤に大きくのしかかった。





おかしい。鬼灯が見た未来が訪れない。目が不能になったのか?と疑問に思う。それはそれで喜ばしいのだから何とも言えないのが。
今までこんなことは一度もない。一体どうしたというのか。
いつまでたっても大王に婚約のことを切り出されない。……今日の午後には大王宛に連絡がいくはずなのに。
もう一度、未来を。
鬼灯の目の黒が薄く紫がかる。そこで白澤の声がした。
「やあ、鬼灯。」
「……白豚さん。不法侵入で訴えますよ?」
「いやあ、相変わらずだねぇ。せっかくお前のために天界と話をつけてやったのに。」
「………………。」
鬼灯は白澤が何を言っているのか、一瞬わからなかった。
「なんで、………そんなこと。いや、あなた未来を!」
「変えたよ。だって僕カミサマだし。」
けろりと言ってのけた白澤に目眩がした。だから嫌なのだ。鬼灯にできないことを簡単にやってのけるこの白豚が。自分より遥かに格上だということを見せつけられる。
そのたびに鬼灯の心は暗く沈んだ。
もう知ってる。鬼灯の恋は叶わない。
それなのに、白澤に対する憧れはいつまでたってもやまないのだ。
「ねえ、鬼灯。」
「なんですか、白豚。」
「白豚じゃないから!白澤だから!!じゃなくて、………お前、僕との未来の先に何を見た?」
今度は鬼灯が目を見張る番だった。それを見て、白澤の口元が弧を描く。そもそも何故知ってるのだ。鬼灯が未来を見ることができるなど。
そんな鬼灯の胸中なんてお構いなしに白澤は微笑みかける。甘く甘く、幸せそうな笑顔で。
「鬼灯、今見たらきっと変わってるよ、その未来。」
「…………………。」
「……でもね、もう見なくていいんだ。辛い過去も、逃げ出したい未来も。」
未来なんて知らなくても僕が、幸せな方に導いてあげるから。
白澤の手が鬼灯の頬を包む。覗き込むと、鬼灯の瞳がゆらゆら揺れていた。
大きく見開かれた両の瞳に、そっと。
白澤は口付ける。

「どうか、幸せな未来をーー」

初めて、この神サマが私を救った。



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