◎あいつの妹はこんなにも可愛い

俺、御幸一也は気になっている女の子がいる。笑顔とつやつやの黒髪が眩しい太陽に向かって咲く向日葵みたいな子だ。
警戒心むき出しの猫のようなキャンキャン吠えるチワワのような。ともかく裏なんて少しもないとでも言うように、屈託なく笑う子。

そんな俺と正反対なところに惹かれて、彼女に興味を持った。


この状況になんと名前をつければよいのだろうか?


恋?愛?


・・・いや、きっと違う




これは興味とか好奇心とかの範疇だ。


だってそうだろう?


俺が野球以外のことに熱を入れられるわけがない。


ただ、もうちょっと。
もうちょっと彼女のことが知りたくて、近づきたいと思っただけで。

この暖かい気持ちの根底を知りたくなっただけで。


だから、今日とて彼女にちょっかいをかけて自分からうざがられにいく。
そうすればこっちを見てくれるのかなあ、なんて。そう思って。


・・・まあ、彼女と俺が話していると必ず邪魔をしてくるヤツがいるんだけど。


彼女のお兄ちゃんこと倉持を筆頭に、降谷とか小湊弟とか。あと、東条と金丸とかも。


それが大事な妹だからだろうが、俺にいじめられてると思って救出してあげただけだろうが、理由はいろいろあれど。


やっぱり彼女は人に愛される天才なんだろう、なんて。


結局そんな結論に辿り着く。


別にイヤミなんかじゃないし、自分もそんな彼女を気に入っているのだから俺が言いたいのは妬みとかではない。


最初はただの倉持の妹だった。


可愛いな、とは思ったけどただそれだけの。

どれだけ彼女がいる生活に焦がれているヤツでも、妄想と実際の女の子を前にするのではわけが違う。

だから、皆俺と同じく彼女はただの倉持の妹だったはずなのだ。

同じクラスの小湊弟は別として、他の一年だとか。三年の先輩とかもそう。

降谷なんて女の子に一番興味を持たなそうなのに仲がいいのが傍目からでもわかるし、三年の先輩からは倉持同様妹みたいな扱いを受けている。

それで他のマネージャーさんとはハブられるでもなく、円滑にやっていけているのだからそれはもう一種の才能だと思う。

あまりにも自然に、彼女は人に好かれていくのだ。

これじゃあ倉持もたまったもんじゃないだろう。自分の妹が人たらしなんて苦労しそうだ。


(でも、やっぱり・・・)


やっぱりここまで皆に好かれているのは、ひとつの理由があって。


野球


それを俺たちに負けないくらい大好きで、人生の、高校生活の全てを捧げてもいいと思っているくらいに大切にしているからだろう。

野球にそれだけの熱情を捧げることができるのは、珍しいなんてものじゃない。

男なら、わかる。

でも、どれだけ好いたって彼女はどう頑張っても女子なのだ。

しかも、彼女には才能まであった。


もったいない、と誰もが思っても、それを口にするような馬鹿はいない。

いないけど、誰もが思っている。


前に何を血迷ったか、俺は倉持にそれを暗に示すようなことを言ってみたことがあった。


このシスコンがどんな反応を返すか興味があったってだけの、最低な俺。


でも、倉持は怒るでもなく静かに笑って言ったのだ。

普段よりも数倍大人に見える顔で。



『いんだよ、あいつの中じゃそれはもう終わったんだ』


って。


そりゃ、そうか。


あいつだって15年生きてて、そのそばに倉持だって当たり前のようにいたんだってこと。そのことを俺の頭はすっぽり抜かしていたのかもしれない。

なんで、そんな簡単なこと考えてなかったんだろう?

疑問でいっぱいの頭を抱える俺を無視して、倉持はさらに続けた。


『あいつに気ぃあるなら正々堂々じゃなきゃ許さねぇからな』


それを聞いて、やっぱり倉持はシスコンだなぁ、って、俺より数倍大人で、数倍優しいヤツだよ、って思った。


そう、『好き』じゃなくて『気になってる』。名前をつけるならそっちが正解。


本人に言ったらキモがられるだろうし、自分でもだいぶキモいと思うことを考えて、俺は小さく笑った。


この気持ちを育てるか、捨ててしまうかは自分しだい。


さて、どうしようか?


・・・と、このときまでは本当にそう思ってた。



「おーい御幸ぃ!!」


彼女の、声が、言葉が、しぐさが、俺を暖かくしてくれる。


・・・興味の範疇とか嘘だ。


自分でコントロールできるわけがない。


どれだけぐしゃぐしゃに丸めて捨てた思いだって、知らない間にすくすくと育っていく。


ああ、好きだ。


誰にも取られたくないくらいに。


降谷にも、先輩にも、誰にも。


だんだん近付いてくる足音に自然とこぼれた笑みを隠して。ひっそり心の中で笑った。


「なあ、今日10球だけ球とってくれよ!」

「おー、最後な。」

「なーんでいつも意地悪ばっか、・・・って、は?アンタ今なんて言った!?」

「んー?なんて言ったけ?幻聴じゃね?」

「いやいやいや!!ちょっと御幸さん!?」


「あっはっは!まーともかく、お前これから覚悟しとけよ!」



この日々のワンカットが、全部俺のものになればいいな、なんて。


そうニヤリと笑いながら、理解できないと頭を悩ましている馬鹿を見下ろした。



***


数年後


「んー!もう飲めにゃい・・・」

「あー栄ちゃんめっちゃ酔っちゃってるじゃーん!」


サークルでの飲み会の日。

普段あまり飲まない栄純は、すぐに酔いが回って早い段階でベロンベロンに出来上がっていた。


「ねー栄ちゃん!俺の家泊まってかなーい?」

「ちょっ、栄純彼氏いるんだからね!?」

「でもやっぱ可愛いよな!さすがミスコン3位!」


周りも酒が入っているため、口が軽くなっていて、ペラペラと勝手に動いていく。


「栄ちゃんの彼氏見てみたくね?」

「えーどーすんの?めっちゃドブスだったら!?」

「俺聞いたことあるわー、確か『カズヤ』だった気がする」

「じゃあ栄の携帯から連絡して迎えにきてもらえば?」

「お!それいいね!」


隣にいた茶髪の女がポケットに入っていたスマホを抜いてスクロールしていく。

するとすぐに『一也』とだけ入ったアドレスを発見し、勝手にメールを作成する。


「えーと、・・・酔っちゃって動けませーん!迎えにきてねー*\(^o^)/*早くしないと襲われちゃうかもー!!、と」

「うっわ酷っ!?」

「まあまあ、じゃあいっきまーす!!」


こういうのはノリなのだ。

送ったときは盛り上がっても、次の話題に移った瞬間に忘れてるものである。


「でさー、志愛がぁ」


『キャーっ!!!!!!!』


「っ、なに!!?」


数十分後、そんな悲鳴と共に彼らがいた部屋の扉が乱暴に開けられた。


「「「・・・・・・。」」」


皆が黙ったのは、入ってきて安堵のため息をついたのが超絶イケメンだったからじゃない。

いや、それもあるけど。


「・・・御幸、一也」


そう、プロのイケメン若手野球選手として莫大な人気を誇る御幸一也が息を切らし、なんの変装もしないでそこにいたのだ。


「あー、こいつ連れて帰っていいっすかね?」

「え、も、もしかして栄の・・・!?」

「ああ、そこで寝てる栄純の彼氏ですよ。」

「え、カズヤって御幸一也のことだったの!!?」

「はは、んじゃあ。」


イケメンはキラキラオーラを放って栄純を軽く抱え、出て行こうとした。

それからくるりと振り返る。


「・・・今度からは冗談でもああいうメールやめてくださいね、携帯おじゃんになったんで」


ニコリ、爽やかイケメンスマイルにブリザードが吹いていたなんてことを、スヤスヤ眠っていた栄純はなにも知らなかった。



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