◎腐れ外道と沢村くん
空港内の長い道を鼻歌を歌いながら歩く。キャリーケースのガラガラ転がる音が後をついてきた。外に出ると懐かしい日本の匂いがして、その匂いを胸いっぱいに吸い込む。空はもう暗かった。

俺、沢村栄純は名前の通り生粋の日本人であるが、少し特殊な職業についているので日本にいるよりアメリカにいるほうが圧倒的に多い。小さい頃も家庭の事情で何度かアメリカ暮らしをしていたから人生の半分以上をアメリカで過ごしたことになる。

今回は仕事でこっちに帰ってこれただけなのだが、予想した以上の長期滞在になりそうで、少しくらいこっちの友達との時間を取れるかもしれないと胸が弾んだ。

タクシーに乗って、まず初めに行きつけのバーへ向かう。荷物が邪魔だが預けるのはめんどくさい。それにわかりにくいところにあるから空いているだろうと勝手に失礼な予測をして、そのままの格好で行くことにした。暗い裏路地にあり、夜だというのに客足が少ないこぢんまりとしたバー。沢村は日本に戻ると毎回、必ずそのバーに足を運んだ。

カランコロン、

バーの戸を引くと、安い音と静かなクラシック音楽が出迎えてくれる。
マスターに「久しぶりだねー栄ちやん」と声をかけられて、嬉しくなった。前に来たのは数年前なのに、この店主は顔を覚えていてくれたらしい。

一番奥のカウンター席に腰を下ろして、お任せのカクテルを頼んだ。


「行きつけのお客様ですか?」


席についてほっと一息、携帯を取り出したところで正面から声がかかる。顔を上げるとイケメンな好青年風の男がそこにいた。声から想像できるイケメンって・・・と神様の不公平な采配を怨む。

女にモテそうな甘いマスクの青年が、マスターと同じ白いワイシャツを着ているから、それだけで新しく入った店員だと判断するには十分だ。

いつもの店員さんは?と不思議に思ってマスターを見るとマスターは軽快に、でも穏やかに笑って言った。


「亮ちゃんは半年前にやめたよ・・・いい子だったんだけどねぇ。」

「え?やめちゃったんですか!?」

「ああ、大きい仕事が入ったとか相方の探していた人がやっとみつかったとか。片付いたら戻ってくるって言ってたよ。」

「そ、そうですか・・・」


亮ちゃん、マスターにそう呼ばれたのは日本での高校時代の半年間(他はアメリカの高校に通っていた)にできた親友の春っちのお兄さんだ。相方とはそのとき良くしてもらってた先輩で倉持先輩こともっち先輩のこと。
マスターの言い方だと何も不安を感じないが、沢村はお兄さんの裏の顔も、もっち先輩の職業を知っているだけに少し仕事モードに切り替えた。

もっち先輩は俺と似た仕事をしている。系統が似ているからか、組織は違えど同士のような存在だ。

探していた人がみつかったというのは追い続けていた彼が見つかった。もしくはその痕跡があったということだろう。確かもっち先輩がずっと追っているのって・・・。

(後で連絡するか・・・)

そう思い、携帯をポケットにしまう。

2杯、3杯と次々に酒を流し込んで、息をはいた。久々の静かな夜だ。

ウォッカの水面に自分の顔が映ってキラキラ輝くのを、どこか遠くの意識で眺める。

少し酔いが回ってきたのかもしれない。


「ねぇ沢村さん。沢村さんはどこらへん住んでんの?」

「へ?俺はー・・・アメリカなんでこっちじゃホテル暮らしッス」

「いいねーアメリカ。そういや俺にもいたんだよ、アメリカ暮らしの後輩。」

「そうなんすか?」

「そうそう、面白いヤツだったなぁ!」


さっきのイケメン店員さんがニコニコと、また話しかけてきた。近くで見ると身長も俺より高いらしい。

ここまで高スペックなのも珍しいんじゃなかろうか?と、彼を見て妙な既視感を覚えた。

どこか、・・・どこかで。

チシャ猫のような笑みを貼り付けた、その顔を知っている気がした。

そう、あれは・・・。

(あー・・・クラクラする)

思い出せそうで思い出せない記憶が気持ち悪い。いや、フラフラする頭がいけないのか。

・・・おかしい。

こんな量の酒で落ちるわけがないのに。
頭が働かなくて、口が動かなくて。
どんどん泥沼に沈んで行くような不思議な感覚が襲ってくる。

最後の足掻きとばかりに目だけを上に向ければ、その男は笑っていた。

口元だけを上にあげたイヤな笑顔だった。









懐かしい夢をみた。

高校の頃の夢。

野球部の助っ人に入って、もっち先輩と知り合って。

そんで・・・、


「はは、犬みてぇなヤツだなぁ!ワンって言ってみて」


すっごく失礼なヤツに出会った。

初対面の相手を犬呼ばわりしたすっごく意地の悪い腹黒メガネ。

ひとつ年上でもっち先輩と同じクラスの人。

どれもこれも夢というより、高校時代の映像が流れているだけだ。

散々にからかわれて、半年しかいられなかったけど、どれもこれも鮮明に蘇るほど強烈な時間で。

俺の宝物のような時間だけど、でも。

でも、なんで今更こんな夢をみたんだろう?


・・・ああ、そうだ。


あの男に似てたからだ。



「相変わらずだなー、お前は。」


声も。


「やっぱ犬みてぇ」


口調も。


「バカも変わってねぇんだな。こんなご大層な仕事についてる癖に・・・」


言ってることも。


「だから俺みたいなのに捕まるんだよ」


唇に触れた柔らかい感触が夢にしてはやけにリアルで、心が疼いた。










「なっ、なんだこりゃぁああああ!!!!!!!」


朝。俺は絶叫した。

起きたそこはピンクのライトにガラス張りの風呂。

キングサイズのベッドに、ハートの枕まであったら、さすがに寝起きでもおかしいと思う。

起きてもっと周囲を身回そうとすればぬるりと尻を伝う感覚と鈍痛に、動きとか俺の時間とか。いろんなものがともかく止まった。

恐る恐る下に目を向けてみれば白く足を伝わるアレが入って。

さっきの絶叫に繋がるわけだが・・・。

頭を抱えるも記憶がない。

酒の酔いが随分と早いな、と思ったあたりから記憶が抜け落ちている。

心当たりがあるとすれば、あのイケメン店員くらいだ。でも決め手も何もないから、まだなんとも言えない。

とりあえず。

とりあえず、だ。

ここにいても仕方ない。いや、正直言うとここにいたくない。


「だぁあ!くっそお!!」


後処理とかやったことねぇよ!!と思いつつ、やることをやってホテルをでた。

外に出るとそこはバーから近い路地裏に面したホテルで、外装もラブホっぽさが目立つことがさらに追い打ちをかける。

ピクピク米神が動いた。

もう二度と人間なんか信用しない。

酒なんかもう二度と飲まな・・・いのは無理だけど。

ひとつ思うのだ。

気分は最悪だが、二日酔いの気分の悪さではない。ということは酒のせいではなく、薬のせい。

あの状況で薬を入れられる人間といえばマスターかイケメンのどっちか。

でもマスターはそんなことをするはずがない。だいたい既婚者なのだ、彼は。
あとはあのイケメンだがさすがに初対面の相手にそんなことはしないだろう。

ここからが八方塞がりだ。

腰に響かぬよう、ゆっくり歩いていたら随分と時間がかかったが、ようやく滞在先のホテルまで辿り着いた。


「沢村!!」


ロビーに入ると、一番会いたくて会いたくなかった相手が何故かいて。


「話したいことがあ・・・」


もっち先輩は何かを察したのか言葉を切った。そしてともかく部屋で話すか、とエレベーターのボタンを押してくれる。
相変わらず気遣いができる人だ。口は悪いけど面倒見がいいのは相変わらずなんだな、とこっそり思う。

だけど今はその気遣いを気付かぬフリにあてて欲しかった。すっごく、そうして欲しかった。







703号室。

東京のビジネスホテルの一室でルームサービスの軽食を二人分頼んだ。

ソファの向かいに座ったもっち先輩はゲンドウポースをとって、重苦しい雰囲気を放つ。


「沢村」


その雰囲気をそのまま乗せた声色にビクリと背中が跳ねた。


「俺は別になんとも言わねぇよ。お前がいいならそういう人もいるわけだし、な。」

「・・・は?」

「だがなぁ、お前日本とはいえ仲間さんに見られたらどうすんだよ。そこんとこ、しっかりな。」

「え?」

「で、だ。俺がわざわざ待ち伏せまでしてお前を待っていたわけだが・・・」


そう、もっち先輩は切り出して静かに説明を始めた。

すっごく大切なことなことなんだろうが、その前ぶりにちょっと訂正したい箇所がある。

(もしかして合意って思われてる??)

俺が混乱している間も、もっち先輩眈々とは話し続けた。


「マスターから聞いたと思うんだが見つかったんだよ。これを、見ろ。」

「これは・・・」


写真付きでクリップに閉じられてる数枚の書類は、全部同じ人物の情報だった。

そして見覚えがある。

どうして今まで気付かなかったんだろう?


「この人って・・・」

「あ?」

「いや、この人ってもっち先輩がずっと追ってた人ッスよね?何ででしたっけ?」

「前に言っただろおが。同級生なんだよ、こいつと。・・・名前は御幸 一也、容疑は殺人。んで、これは亮さんが新しく手に入れた今のヤツの写真だ。まあ、お前が覚えてねぇのも無理ねぇな。半年しか会ってねぇだろうし。」

「・・・。」

「完全犯罪で一切証拠を残さない。・・・ヤツらしいっちゃヤツらしいな。まあ、高校時代はここまで外道のクソ野郎だとは思ってなかったけど。」

「・・・。」

「高校のときはせいぜい可愛かったら相手が嫌がろうが男女問わず手ェだすくらいの悪趣味野郎だったんだぜ?それがマシに思えるってどんだけだって話だよな。」

「・・・。」

「そういや、お前が狙われてたときあったんだぞ。感謝しろよ、何回も逃がしてやったんだから。」

「・・・。」


・・・ちょっと待て。

待ってくれよ。

空いた口が塞がらないというのはこのことだろうか?

だって、この写真って。

この写真に写ってる人って・・・。


「もっち先輩・・・今すぐマスターに事情聴取してください」

「は?」

「見たんすよ!あのバーで!!ふっつ〜に働いてましたよ、あの野郎!!」

「はっ!?それ本当か!!?」

「本当ですってば!絶対に捕まえましょう!!おれ協力します!!ヤツを絶対に牢獄にぶち込んでやりましょう!!!」

「おっ、おう。でもお前FBIの仕事はいいのかよ?」

「それがですねえ!見てくださいッスよ!コレ!!」

「なになに・・・『日本に帰国した指名手配犯Kazuya Miyukiを〜』ってアイツFBIからも追いかけられてんの!!?ザマァ!!」

「先輩ガラ悪っ!俺今気付いて超ビックリしたんすよ!!」

「俺は今まで気付かなかったお前にビックリだよ。その名前散々言っただろうが!」

「いや、俺もどっかで聞いたなって思ってたんですよ一応は!!」

「お前ってさ・・・、うん」


憐れみの目を向けられたがわりと何時ものことなので気にしない。

こうして始まった俺たちの戦いはまだまだこれからだ。



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設定


沢村 栄純・・・日本人FBI捜査官、父親の仕事で日本よりアメリカ暮らしのほうが長い、頭脳戦より肉弾戦、ペンを持つより銃を持ったほうが役に立つ、英語と日本語は話せる

御幸 一也・・・快楽殺人を繰り返すイケメンの皮を被ったサイコパス、イメージでいうと悪の○典の先生みたいな思考に遊び心が加わったようなヤバイ人、だけど一見正常に見える

倉持 洋一・・・日本の警察官、ずっとクラスメイトだった御幸を追ってる、沢村の高校時代の先輩で職場違うけど付き合いがある、御幸のことが昔から大嫌い

小湊 亮介・・・バーで働く情報屋、裏から表まで顔が利く魔王、倉持の先輩で御幸を捕まえるのに協力的、だけど御幸も魔王に対抗するくらいに手強い




彼らが軽くでも野球をやってたことに驚きを隠せませんね、はい。



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