俺は一度死んだ。生きてはいたが心が死んだが正しいのだが。真っ暗な暗闇で先も見えない、誰の声も聞こえない、そんな場所に立たされてもう生きている意味などないと心底思った。
だからこそ、友達だった人たちとの関係を絶とうとした。
だけどそんな暗闇の中に表れたのは金色の犬だった。
金色のふわふわした毛を靡かせながら、素早く走ってくる犬。
それは俺が死地へ向かうのを止めるようにズボンへと噛みつき進もうとする方向とは逆へ引っ張る。蹴り飛ばして拒否をすることもできたが、切実そうに、余りに必死に止めるものだから足を止めそいつを抱き上げる。
抱き上げれば頭を擦り寄らせ、鳴くわけでもなくペロリと頬を舐められた。温かい舌が頬を伝う感触に、まだ俺が生きていることを実感させられた。

「…千歳、もっと泣きや」

温かい舌がまた頬を舐める。それは、溢れてくる俺の涙を舐めとってくれて、酷く心地よい。耳に馴染むその声は絶ちきろうとした友人の声だ。
優しくてへたれで鈍感な癖に変なところは敏感でいつも笑っていてどこか抜けている。いつも手を差し伸べてくれるのは謙也だ。謙也にとっては何気無い行動で他意などないのかもしれない。それでも、そんな謙也の何気無い優しさにいつも俺は助けられているのだ。
気付けば抱いていた筈の犬は謙也に代わり真っ暗だった世界は一瞬で色付いた。ただ流れている涙は本物で、先程の出来事が夢では無かったという事実が残った。

堤防が決壊したようにぐずぐずとみっともなく泣く俺に何を言うでもなく背中を撫で、ぎゅっと抱きしめてくれる。その優しい手がまた涙を誘いいつまでも止まらないのであった。

「ええんやで、いっぱい泣きや」
「ふ、うぇ、っ、ん」

言葉は母親の様に、だけど俺たちは恋人同士だ。こつんと当てられた額に急激に込み上げてくる恥ずかしさ。絶ちきる筈がまた助けられてしまったのだ。この温もりに。

「っは、ぁ、けん、やぁ…!」
「メッチャ泣いたなあ。まあ俺しか居らんし気にせんでええっちゅー話や」

よしよしと赤子をあやすように優しく触れた手が髪を撫でる感触がした。そしてそのまま抱きしめられた。いつまでもぐずり泣く俺に苦笑しながら髪を撫でていた手は背に周り、これまたあやすようにゆっくりリズムを取りながらぽんぽんと叩かれた。謙也の肩口を濡らしてしまうとわかっていても、その優しさは温かく、離れることは出来そうにない。
赤子のような扱いをしてもらえるなら、これぐらいしても良いだろうと恐る恐る首に腕を回し強く抱きつく。少々驚いたのか一定だったリズムが止まり、耳元でくすくすと笑う声が聞こえる。

「今日の千歳は甘えたさんやなあ」
「っ、うん、」
「あぁ、アカンって、目ェ擦ったら赤くなるやろ」

ごしごしと手の甲で涙を拭こうとする俺に、また苦笑しながら制服の袖口で涙を優しく拭ってくれる。肩口だけでなく袖口まで汚してしまうなんて。

「涙止まった?」
「う、ん…」
「ほならよかったわ。…千歳キスしてもええ?」
「…、…ダメ、今人に見せられん顔しとるばい」
「そこはええっちゅーとこやない!?」

未だにぐずぐずと鳴る鼻と、どうにか止まった涙と、ぐちゃぐちゃに感情が入り混ざった表情と、泣きすぎて掠れた声と。今更みっともないところを見られた羞恥が沸き上がってきて意味はないかもしれないが急いで見られないように手のひらで目元を覆い隠す。
だけどそんな行動をしても気にせず快活に笑う謙也は、「ダメって言われてもするけどな」と、軽いリップ音をさせながら触れるだけのキスを仕掛けてくる。
謙也が強引なことなど滅多にないのに珍しい。そんなことをさせるまでに俺は弱って居たのだろうか。

「…俺は千歳が何悩んどるとか知らんけど、千歳の隣に居ることはできるんやで。せやから頼りないかもしれへんけど、もっと俺のこと頼れっちゅー話や」


何もかも見透かしているのかと問いたくなるような口振りに返す言葉はない。
どんなに暗いところへ行ってもいつも追い掛けて助けて手を差し伸べてくれるのは謙也だった。その行動一つ一つに生きる意味を貰って、言葉の一つ一つに愛を感じて、だから今まで俺は生きてこれた。これから先もきっと謙也に助けられていくのだろう。
そう理解して自分の袖でもう一度目元を擦り、前を見据える。先程までの暗くて、何もない場所にいて、泣いてばかりいた、そんな赤子のような俺はもういない。
今はもう、助けてくれた人が隣にいるから。
だから、謙也の言葉の答えに深く愛情を込めたキスを唇へと返した。

( 君の笑顔は俺の世界を明るくして、 )
( 君の言葉は俺の世界に音をくれる )
( 俺の世界は君からの愛が溢れてる )




毎度恒例尻切れ蜻蛉!千歳泣かせて男前な謙也を急に書きたくなっただけでした…アニメで一人盛り上がって突発で書いたのでなんかもう色々すみません…もっと謙ちと増えろ!

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