雨は嫌いだ。足元は悪くなるし、泥が靴に跳ねるし、前は見辛いし、濡れた服は気持ち悪いし、目に入ると痛いし、急に降ってくるし、嫌なことばかりだ。
朝のお天気予報のお姉さんは残念ながら俺に雨が降るなんて教えてくれなかった。
そのおかげで黒い雲が広がる空からは大粒の雨が降り注いでいて、傘を持ってきてない俺は呆然とその空を見上げるしかない。

回りを見渡せば、同じように傘を忘れてどうするか悩んでいる生徒は少数で大多数の生徒が折り畳み傘や、持参してきた傘を使用し帰路に就いて行く。
今日に限って白石と光は委員会で、ユウジと小春はお笑いのネタ合わせ。銀と小石川は先生に呼ばれて金ちゃんと千歳はわからない。千歳に至っては学校に来ているのかも定かではないのだから。

相合い傘をしてイチャイチャとしているカップルの背中にハァと、ため息を吐き覚悟を決めて雨の中を走り出す。
目指すは家!…といいたい所だが、もしかしたら部室のロッカーの中に傘があるかもしれない。あわよくば丁度委員会や、先生との会話が終わって傘を持っている誰かが居るんではないかと、微かな希望を胸に部室へ急ぐ。
スピードスターの名に恥じないトップスピードで駆け出すが流石に雨には勝てず冷たい雫が制服を濡らす。いつもなら微塵も感じないが今は、校内から数百メートルの距離にある部室が遠く感じてしょうがない。

ばたんと勢いよく扉を開ければ、かろうじて鍵は開いてたものの人影は見当たらなかった。ぬか喜びも良いところだ。ハァと再度憂鬱のため息を吐き、ロッカーの中をがさがさと探すが求めている傘が見つかることはなく結局徒労に終わってしまった。
本日三回目の溜め息を吐き、もう少し待てば止むんではないかと微かな希望を抱き置いてあるパイプ椅子へと腰掛ける。
座るとなおさらわかるが、濡れたズボンが足に張り付いて気持ちが悪い。このままだと下着まで湿ってきそうで、今の気温にジャージは寒いが、制服を乾かすために仕方なくズボンを脱ごうとベルトに手を掛ける。その時不意に部室の扉が開いた。

委員会が終わった光が忘れ物でも取りに来たのか、それとも白石が部誌を書きに来たのか。何はともあれ傘に入れてくれるんじゃ、あわよくば傘を貸してくれる人が来てよかったと、ズボンを脱ぎながらゆっくり扉へと視線をあげれば、そこにはびしょ濡れの千歳がいてズボンから片足を抜きかけたまま動きが止まる。
だってここは男子テニス部の部室で、いやマネージャーの千歳がいても別におかしくないが、学校には来ていないと思っていた。移動教室の時に一組を覗いたが席には鞄も掛かっていなかったし、雨も降りだしたから遅刻でも来ないと思っていたし、そもそも来るとしてもこのタイミングで?と言うのが本音である。
お互い見あったまま動けずにいたが、千歳のとりあえずズボン履いたら?と言うもっともな発言に、抜いたばかりの片足をズボンに入れるのであった。

パンツを見られてしまった事を恥ずかしがりながらカチャカチャとベルトをつけ直す間抜けな俺と、特に照れた様子はなく濡れた足元をタオルで拭う千歳。その場は酷く不思議な光景だった。会話もなく静かな部室には外から聞こえる未だ降り続いている雨音ばかり。気が滅入りそうだ。四度目の溜め息が出そうになったが、そういえば溜め息を一度吐くと幸せが三つ消えると言われたことを思いだし、喉まで出かかっていた溜め息を無理矢理飲み込む。既に十二個も幸せがなくなっているんだ。この飲み込んだ分で、雨が止んで幸せになれればいいのだが。
そんなこと思いながら、ちらりと椅子に腰かける千歳を盗み見すると思わぬ事に気付いてしまった。

「(アアアアカン!!千歳ブラ透けとる!!!)」

雨に濡れて張り付いた制服からは下着の色も形もはっきりと確認できる。豊満な谷間まで見えて盗み見していた視線を慌てて逸らす。思考を埋めるのは、下着が透けていることを千歳に教えるべきか否かだ。
もちろん教えた方がいいのだろうが、ここで教えてしまったら盗み見していたのがバレる。しかし、教えなければ千歳はずっと気付かず下着を透かしたままだ。
それはそれで美味しいが男としてはどうだろう。頭の中の悪魔な光が、『ええんちゃいます?言わなアカンことないと思いますよ』と囁いてくる。
それに対して天使な千歳が『謙也くんはそんな人だったと?…やらしかぁ…』と眉を下げ、伏し目がちに言ってくる。俺にどうしろと言うんだ。
しかし、眉を下げしょんぼりしている幼気な天使の千歳が可愛くて、だけどそんな顔をさせているのは俺だと思うと申し訳なくて言わないという選択はなくなったようだ。
たがここで問題になるのは言い方だ。突然「下着透けてんで〜」なんて軽く言っても女子は恥ずかしいだろう。逆に「千歳…あんな、ブラ透けとんで…」なんて深刻そうに言ったらもっと恥ずかしいんじゃないか。八方塞がりでどうしようかと頭を捻っていると「へ、くしゅっ」となんとも可愛らしいくしゃみが聞こえた。もちろん俺が出したわけがなくこの部屋にいるのは千歳だけ。つまり千歳のくしゃみだ。
くしゃみに反応して千歳の方を見てみれば寒いのか長い手足を縮めて丸くなっている。抱えた膝からすらりと伸びた素足。下着は隠れたが今度はパンツが見えそうだ。
元々冬場で寒いのに、セーターも中にシャツも着てない千歳はもっと寒いだろう。その上千歳は濡れた制服を纏ったままなのだ。このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。
悩んだ末に思い付いたのは、ジャージを貸すということだ。ジャージを取りだし未だ小さく震えている千歳に手渡せば、少し呆けた後にこりと笑って受け取ってくれた。後ろを向くよう指示されて入口の方を見つめる。
後ろから服が擦れる音がしてぱさりと床に衣服が落ちた音が酷く興奮する。
目を閉じ理性を保つために素数を数えること数分。チャックが上がる音がして「よかよ」と言われ、安堵しながら振り向けばそこにはジャージから伸びる肉付きの良い素足に最後まで上げきっていないため少しだけ覗く谷間、それに少しくらいだと思っていたのに意外と大きかったらしく指先しか見えない手元。言えはしないがなんだか可愛らしい。世にいう彼シャツみたいだ。
肩幅が合わずダルっとしているジャージを気に入ったのか、それともただ濡れた衣服が脱げたことが嬉しいのかわからないが千歳は今にも歌い出しそうなくらい機嫌がいい。先ほど震えていたなんて嘘のようだ。
濡れた制服を置いてあったハンガーを拝借し窓際にかける。余り意味はないかもしれないが、その辺にほっぽっとくよりはマシだろう。

「謙也くん、ありがとおね」

その行動を見ていて、お礼と共にへにゃだかふにゃだか、どちらにしろ可愛い笑顔で微笑みかけてくれた。

「別に当たり前のことしただけやっちゅー話や!」

にかっと笑って言ってやれば千歳が小さく首を左右に振り「こげなことウチにやってくれるのは謙也くんしか居らんとよ」と、ぎゅっとジャージの袖口を握り、申し訳なさそうに寂しさを含んだ声色で言うものだから思わず濡れ頭をぽんっと軽く叩き、手近にあったタオルで勢いよく髪を拭く。人の髪を拭くなど昔弟にやってあげたくらいだから、どれくらいの力強さでやればいいのか加減がわからずわしゃわしゃと拭いてしまう。千歳の元々癖の強い髪は強く撫でられたことと、湿気でいつもよりくるんっと回ってる気がする。肌に張り付く髪も掬い取るように拭いてやればタオル越しに「もうよかよ」っと聞こえた。タオルを退かしてみれば、先ほどの寂しそうな声色も申し訳なさそうな顔付きも晴れて笑顔に、明るいものに変わって笑っている千歳がいた。

「はは、痛かったばい。…、…ありがとおね、謙也くん」
「…おう」

なんとなく照れ臭くて最低限の返事だけして言葉が途切れる。だけどそれは居心地が悪いものではなく寧ろ身体が、心が温かくなるような空気だった。

「…ふふっ、このジャージ謙也くんの匂いしかしんね。ぎゅーってされちょるみたい」
「ぶっ、ななな、なにゆうとんねん!」
「え、謙也くんのジャージの話?」
「はー…ちゅーかなんなら俺が抱きしめてやるっちゅーはな、し……あっ」

袖からかろうじて覗く細長い指を顎に当て首をかしげる千歳。
その行動にきゅんとして、珍しく年相応に笑う千歳が可愛くて、ついうっかり口を滑らしてしまった。
自分の失態に気付き慌てて口を噤むがしっかり千歳の耳に届いていたようできょとんとした表情を浮かべている。どう取り繕うかと思考を巡らせ慌てていると顔をうっすらと赤くした千歳が「ほんなこつ…?」と呟いてきた。今さら冗談だったなど言えずそろりと手を開けばゆっくり千歳が間に入って来た。
男と違って細く柔らかくふわふわと甘い香りがする身体を恐る恐る抱きしめてみる。女の子を抱きしめるなんてこれが初めての出来事で、どう触れていいのかわからずオロオロしている俺に、千歳はふふっと笑い腕の中でくるりと背を向け寄り掛かって来た。

「…謙也くんの腕の中温かあ。…寝むとうなったけん、おやすみ」
寄り掛かられたことによって首筋に触れる千歳の髪がくすぐったい。だが、千歳にそんなことを気にする様子は全く無く、目を瞑り本格的に眠ろうとする。それを邪魔するわけにもいかないし、だけどこのまま眠られても俺がドキドキしてどうしようもないし、帰宅を理由に離れて貰おうと思い視線を窓へ向けるが、来たときよりは弱まっているとはいえ未だ降り続いていた。一人オロオロとしている間に完全に寝入ってしまったのか、雨音の間から小さく千歳の寝息が聞こえた。こうなると起こしてしまうんじゃないかと迂闊に身動きすら取れない。
これはもう諦めよう。嫌なわけでもないし、まだ雨は降っているし、もういっそ俺も寝よう。寝て起きたらきっと雨も止んでいるだろうし、それがいい。
そう思い目を瞑り雨音と、千歳の寝息と温もりを感じながらそっと眠るのであった。

( 雨の日の憂鬱と未熟な恋 )




謙→←←ちと♀くらい。千歳は謙也の事好きって思ってるけど謙也は自分の恋心に気付いてないだけで千歳の事が好きなんです。予定では白石も出るはずだったのに長くなったから消し去りました\(^0^)/雨の日の青春ってイメージが脱線しまくったよ/^^\因みに突っ込み入れてないけど千歳は短パン穿いてないです。裾で見えないかなって!(願望)
相変わらず尻切れ蜻蛉!

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