それからというもの、昼休みや授業中、はたまた休みの日まで付きまとわれほとほと困り果てていた。今の俺なら言える。なんであの時ときめいたんだ、と。人は見かけによらないものだと改めて思う。
千歳さんに付きまとわれて、最初の内は白石も、「なんや変な子に好かれたなーまあかわええし謙也には勿体無いとちゃうん?」などと笑いながら言っていたが、今では「…ホンマ御愁傷様やな」と合掌してくる始末だ。
部活だけが唯一心休まる癒しの時間だったが、ついにその部活にまで現れたのが、彼女が転入してきてから二週間後の話。

いつも通り、生意気だけどそれが照れ隠しで何だかんだ言いながらも慕ってくれてるダブルスのパートナーといつもと同じような会話をして、いつも通りに部活が始まるはず、だった。


「今日から新しくマネージャー増やすからなー」
「えぇ!?おれらそんな話聞いてないわ!」
「はっはーそうやったっけ?まあええやん。ほな後は任せたで〜」

いつも通り練習開始より十分くらい遅れてオサムちゃんが来て、言うだけ言って部室から出て行く。そして入れ替わりで入ってきたのは彼女だった。


「千歳千里ばい」

にこりと微笑まれるが俺は開いた口が塞がらなかった。テニスをやっているなんて言っていなかったし、聞いたことがない。
オサムちゃんもオサムちゃんだ。マネージャーを入れるなんて聞いてないし、そもそも一人いれば良いじゃないか。入れるにしてもなんで彼女にしたんだ、白石狙いとはいえマネージャーになりたい子は他にもいたはずなのに、よりにもよってである。
口元が引き攣り固まる俺の反応を余所に彼女は他の部員に挨拶をしていた。だから俺はちょっと上擦った間抜けな声をだしながら「先コート行っとんな!」と、叫びその場から駆け出した。
千歳さんに名前を呼ばれたが聞こえないふりをしてコートまで一直線に走る。
準備運動も無しに走り出したからあがる息と痛む肺と吊りそうになる足首に苦戦しながらもなんとかコートまでたどり着く。先にいたマネージャーのユウジも、他の部員たちも何事かと訝し気に見つめて来るが今の俺に答える余裕はなく、まずは上がった息を整えることに精一杯だ。

「そない急いでなんかあったん?」
「はぁ、っは、は、べつに、なんも…はぁっ…」
「あっそ、ならええんやけど。ちゅーか謙也ちょお手伝ってーな」
「は…?…ちゅーかもーちょい心配してくれてもええやん!友達やろ!」
「ハッ…まあええわ、はよいくでー!」
「ちょお待てやユウジ!」

鼻で笑いすたすたと歩いて行ってしまうユウジにため息も含んだ深呼吸をひとつして渋々着いていく。
ついた先は倉庫だった。鍵をあけ、小窓から差す明かりのみの薄暗い室内へと足を踏み入れれば先に入っていたユウジに、「アレ取って」と言われた。そこには埃が被ってはいるが、比較的綺麗なネットが置いてあった。
そしてユウジが俺を呼んだ理由がわかった気がした。周囲に踏み台になりそうな物はなく、ネットが置いてあるのは俺が手を伸ばしてギリギリ届くくらいだ。女子で尚且つ平均より小さいユウジが届くわけがなかったのだ。
理由がわかってしまい、にやにやと笑っている俺に気付いたのか膝裏に蹴りを容赦なく入れられた。物凄く痛い。

「なにすんねん!もう取らへんで!」
「はよしろや。そしたらええこと教えたるわ」

ムッと唇を尖らす俺に「キモい」と一言言ってユウジは先に出ていってしまった。無理矢理連れてきて勝手な奴だ。
しかしいいこととはなんだろう。今のところ思い当たる節は特にない。首を傾げながらもネットを持ちユウジの後を追うのであった。

「で?ええことってなんなん?」

外に出て、鍵を掛けているユウジに問い掛けてみる。

「千歳のこと聞きたいやろ」

がチャリと鍵が掛かった音がして、確認の為一度扉を引く。特に問題は無かったのかくるりと回ってまた歩き出すユウジ。
俺はユウジの言っていた千歳さんのことが気になって仕方がなかった。もしかしたらユウジは千歳がマネージャーになった理由を知っているのだろうか。
そういえば俺は千歳さんからアタックされてるにも関わらず彼女のことを何も知らない。知ろうとしていなかったが正しいかもしれない。
だからこそユウジの言う千歳さんのことが何なのか気になったし、初めて彼女のことを知りたいと思った。

「謙也は知らんかもやけど、千歳って女テニの間では有名やで」
「そうなん!?」
「男子の橘、女子の千歳。ミクスドもそこそこ有名やったし、何より二人で九州二強言われとった」
「とった…?」
「そ。なんや知らんけど去年の何時だかから二人の名前聞かなくなったんや」

へーっと呟いた声は後ろから聞こえてきたがさがさという音に紛れてユウジに届いたかはわからなかった。
その音にユウジと共にピタリと動きを止め、ごくりと唾液を飲み下し恐る恐る振り向く。
眼下に広がるは裏山に続く鬱蒼と草木が生い茂る獣道。その中からひょっこりと顔を出している話題の彼女、千歳さんが出てきたところだった。
緊張で浮かぶ冷や汗と、知り合いだったという安堵感で溜め息を吐く俺たちに、ニコッと微笑むと「やっと見つけたばい」と言いながらするりと近付いてくる。
この二週間の間に気付いたのだが千歳さんがにこっと笑うときは大抵よく理解が出来ない事を言うときだ。

「赤い糸ば辿ったら謙也くん見つけたんよ。運命、やね」

ネットを持っているにも関わらずその上から重ねられた手はやはり触り心地がいいものだった。短く切り揃えられている爪はマニキュアでも塗っているのだろうかと疑いたくなるほどキラキラとしていて、しっとりした手のひらは温かい。
相変わらず俺の頭では千歳さんの言葉を受け取めきれなくて、ははっと乾いた笑いだけ出して思考は全く別のところへ行ってしまうのであった。


( 謙也くん?熱でもあるとよ?ウチが治してあげるったい! )
( え、いや… )
( (へーこれが噂の電波ちゃんか……ちゅーか運命の人って!!) )




電波千歳で謙+ユウ♀でした。謙也とユウジ♀は男女でも恋心はなく悪友だと思う。そして千歳さん出番少ない\(^0^)/次回はもうちょっと謙ちとっぽくなるはずです…

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