俺、忍足謙也は悩んでいる。三年生になって一ヶ月。大会を目前に控えて身体はもちろん、何故か心まで疲れていた。それもこれも三年になったと同時に転入してきた千歳千里が原因である。
教室に入って来ると同時に男子からは感嘆のため息が溢れ、女子からは嫉妬の目を向けられた彼女。それもそのはず、モデルのように長い足。制服越しでもわかる細い腰。そして、特筆すべきところははち切れんばかりに膨らんだ、作り物では無いかと疑ってしまうグラビアアイドルも真っ青な柔らかそうで大きな素晴らしい胸。顔は切れ長の目に、ピンク色の薄い唇、少し焼けた健康そうな肌。
どれを取っても同じ中学生には見えず、思わず見入ってしまう。それぐらい彼女は神秘的で綺麗だった。

「…千歳千里です」

ざわついていた教室が一瞬で静かになる。女の子にしては低く、でも凛として耳に馴染む綺麗な声は心地よい。担任の声など聞こえず、たった今発言された彼女の声ばかりが頭の中を占める。今思えばこの時一目惚れしていたのかもしれない。その時は、だが。
ぼーっと見入っていると伏し目がちだった瞳が上がりバチリと視線があう。そして、にこりと微笑まれ、その向けられた表情に顔が熱くなった。
見つめあってる間は五分にも十分にも感じて、聞こえていた喧騒はなくなって自分と彼女しかいないんじゃないかと錯覚してしまうくらいドキドキと鼓動が高鳴り、このままだと顔から湯気が出てオーバーヒートしてしまうんじゃないかと思うほど。

「千歳さんは、白石の隣な〜白石面倒見てやってや」

ようやく聞こえてきた担任の声にハッとなって慌てて視線を逸らせば周囲の空気が変わっていた。女子からは嫉妬から一変、キツい殺気を、男子は感嘆から失望のため息と担任への怒りの視線が見てとれた。まあ、転入早々女子から絶大なる人気を誇る白石の隣になるなんて。
女子から虐めが起こらないか心配だ。聞くところによると女子の虐めは陰湿みたいだし、出来るだけ声を掛けてみよう。別にやましい気持ちじゃなくて純粋に気を使ってだからな!と誰に言うでもなく内心一人ツッコミを入れていると突然目の前が陰った。
何事かと顔をあげれば、担任に座るよう促されていたはずの、そしてたった今見つめあっていた、転入生の彼女、千歳さんが目の前に立っていた。
驚いてガタンと椅子を鳴らしながら下がれば、何を考えているのかわからない綺麗な微笑みを向けられ手を掴まれる。
きゅっと握られた指も細く長くスベスベとしていて触り心地が良い。女の子の手ってこないなってんやな!…なーんて今なら思えるが当時はそんなこと思い浮かぶ暇なんてなかった。
人違い否席違いでも起こしてしまったのかとキョロキョロとしても、空いている席は白石の隣のみ。そして、みんな一様に俺と一緒で驚きの表情を浮かべている。

そろそろと視線をあげてみればやはり変わらず綺麗な微笑みを見せてくれる彼女がいるのみ。


「…えっと…千歳さん……?」

恐る恐る声をかければニコッと笑われた。その表情が先ほどとは違い年相応の可愛らしい笑顔で、静かになったはずの鼓動がまた早くなるのがわかる。

「初めまして、千歳千里ば言います。ウチとあなたは運命の赤い糸で繋がっとお。やけん、付き合ってほしかぁ」
「……は?」

さらに強く握られた手。その動きとともに告げられた言葉は、予想外、いや日本語として受け取るのが俺の足りない頭では難しかった。新手のボケかと思ったが、クラス中静かで、誰一人としてツッコミがいない。まあ俺と同様で意味がわからなすぎてツッコめないが正しいのだが。
彼女は俺たちの反応に臆することなく、寧ろ気付いていないのか何の反応見せない俺に小首を傾げている。
結局我に返ったクラスメイトが、なんでやねん!とツッコミを入れるまで繋がれた手はそのままなのであった。




書きはじめてから暫く放置してた奴。千歳が電波だったら可愛いなあと思ったため始まりました。一応続きます。もう少ししたら謙ちとになると思います。

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