休み時間で喧噪が響く廊下を、だらだらと歩く。今から面倒な移動教室だ。
本当は音楽プレイヤーを持っていくつもりだったが、充電が切れてしまい諦めた。今日はどうやらついていないらしい。
朝から寝坊して部長にどやされて、授業中は担任にここぞとばかりに嫌みを言われ、そして、たった今ちらりと目に入った光景だ。

階段の隅で男女が二人寄り添っている。いつもなら自分に関係無いことだと気にしないのだが、今回は相手が知り合いだからか、思わず二度見をしてしまった。
最近部活に姿を見せないと思っていたらこんなことをしていたのか、と呆れるしかない。こんな奴が自分より年上で、テニスの実力が遥かに上だなんて、腹立たしい事実だ。
その上この人、…千歳先輩は目立つ。規格外の長身に、浅黒い肌、男らしい、カッコいいと称される精悍な顔付き、テニスプレイヤーとして有名で、学校には余り登校していないが成績はなかなか優秀。
そして、女関係で噂が途切れないことも有名だ。
今だって一緒にいる女の人は三年生ではなかなか人気のある人らしい(前に謙也くんが気になっていた人だ。謙也くんらしい趣味をしている)

溜め息を吐き、気付かないふりして通り過ぎようとすると、視界の端に二人がキスしているのが見えた。
こんなところでやるな、と思わず顔を顰めた。全く不潔でしょうがない。

啄む様にキスし続ける二人に、聞こえるよう大きな溜め息を吐けば女の方が驚いて千歳先輩から離れた。
千歳先輩は一瞬驚いた顔をして、すぐにへらりと笑って小さく手を振ってくる。

「ひかる、」

呼ばれた名前。そんな女にキスした穢らわしい口で名前を呼ぶな。返事の変わりに睨み付ければ、女の方の肩がビクッと震え、千歳先輩に一言告げると足早に去っていった。
そんな千歳先輩は小さく頷いた後去っていく背中にばいばい、と言っている。
相変わらず掴めない人だ。何を考えてるんだかわからないし、まあこの人の考えなんてわかりたくもないけど。
睨み付けてもへらりとした笑みは崩れないし、寧ろ気付いていないのでは無いのかと思ってしまうほどだ。ただ、勘が鋭いのは認めよう。だからこそ先輩のことを嫌っている俺を呼ぶ理由がわからない。
もう一度睨み付ければやれやれと謂わんばかりに片手をを挙げ、すれ違いざまに、ぽんっと俺の頭に手を置いていく。

意味が、わからない。

腸が煮え繰り返り、衝動的に千歳先輩の襟刳りを掴んでしまう。


「…アンタは、何様のつもりなんすか…!!」


ガタガタと廊下に筆記用具や、教科書が落ちる音が響く。でも今はそんなこと気にならないほどに千歳先輩に腹が立って仕方がない。おや、といわんばかりにきょとんとしたのは一瞬で。
口元のへらりとした笑いは変えず、冷たい目で「離しなっせ」と言う先輩に更に苛立ちが募る。


「…俺は、アンタが嫌いや」
「知っとおよ」
「…、…せやったらなんでこんなことするんっすか」
「……光のこと気に入ってるから、言うたら怒ったい。なぁ?」


見開いた目は明らかに動揺していただろう。
にやり、そんな音が聞こえてきそうなほどに口元を吊り上げわざとらしい悪態をつく先輩。それが本心でも本心じゃなくとも、屈辱しか感じられない。


「っ…!…反吐が出るような事言わんでください。…二度と俺に近づくなや」


掴んでいた手を離し、落とした物を拾い上げる。全くこの人のおかげで無駄な時間を過ごした。
一通り拾い上げ、もう話しかけてもこないだろう。これでせいせいすると、何事もなかったかのように移動教室へ向かおうとするが、先程とは逆に今度は俺が腕を取られた。
この人は今俺が言ったことを理解できなかったのだろうか?


「…だから、なんのっ、…、…はぁ!?」


唐突に唇に触られたのはきっと大嫌いで仕方ない先輩の、不快で汚ならしい唇だ。

「…ん、ばいばい」


俺の言葉など聞く気が無いのか、ヒラヒラと手を振りながら去っていく千歳先輩。ごしごしと触れられた唇を制服の袖で拭き続ける。それと同時になるチャイム。
このチャイムは、戦いの火蓋が切って落とされた音か、それとも、

( ありえへん、ホンマキモい。はよ居なくなってくれればええのに )


…恋に落ちた音か。きっと答えは前者。だって、認めたくなんかない。

( …絶対、泣かす、 )

( アンタのことが、好き、だなんて )




放置してたひかちと!いろは様用だったのですが余りにも逆に見える上殺伐としているのでチェンジしました。
もし此方のが良かったらどうぞお好きにお使いください!
一応両想いです…なんかすみません…。

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