「…謙也、別れよ?」

唐突に、それこそ「今日の晩飯なんやろな!ハンバーグやったらええなー」みたいな話をしているときに別れを告げられた。
声をあげることも出来ず固まる俺に千歳は、にこりと一つ笑顔を見せて「俺の目ね、もう見えんようなるみたい」と、軽い口調で言われた。
なんで、とか、だって、とか言いたいのに、声が出ない。何を言えばいいのかわからない。
ぐるぐると千歳の言葉が頭を回って、理解するのに必死だ。さっきまでそんなことなかったのに。そんな素振りも見せなかったのに。これは質の悪い冗談なのだろうか。
一縷の希望を持って千歳の瞳を見つめれば、いとおしそうに見つめ返された。
栗色の澄んだその瞳がもう見えなくなるなんて、こうやって視線が合わさることがなくなるなんて。
デートだって満足に出来てないし、これからテニスの試合だってある、他にもみんなでお泊まり会だとか、ご飯食べに行く約束だって、これから先ずっと予定をたてていたのに。当たり前に続くと思っていたのに。
こんなにもやってないことも、やりたいことも沢山あるのに現実とは酷く冷たく厳しいものだ。俺ですらこんなに狼狽えているのに、千歳のこの落ち着いた様子はなんなのだろうか。…いつから?この様子なら、きっと、今よりもっと前からわかっていたはず。
ぐっと唇を噛みしめ、気付くことも、何もできない、してあげることができない自分が惨めでふがいなくてしょうがない。こんなに千歳のことが好きなのに、なんで、なんで?

「けんや、泣かんで?」

千歳の長くて、細くて、だけど大きな手がほほに触れる。

「…っ、お前がぁっ、泣かへんから、しゃー、ないやろっ…!」

暖かいその手に触れられ自然と出てきた涙に、困惑しながらも指で涙を拭ってくれた。
そのまま縋るように千歳の腕を掴み無理矢理抱き締める。体格の差で端から見れば酷く惨めな格好に見えるであろう。
それでも、千歳が俺のことを振り払おうとしないのはまだ少しでも恋愛感情が残っているからか、それとも哀れみから来るものなかそんなことは俺にはわからない。
だけど一つだけ言えるのは俺は千歳と別れたくなどない。出来ることなら、これから先もずっと一緒に居たい。
嗚咽を漏らしながら泣く俺に眉を下げながら頭を撫でてくれる千歳。その行動にもっと涙が出てきて、止まらなくなって、

そこで、目が覚めた。見覚えのある天井が目の前に広がり、隣には小さく寝息をたてながら千歳が眠っている。
余りにも現実的な内容で、夢のような気がしない。だって、未だにばくばくと鼓動が鳴っていて、冬だというのに冷や汗が酷い。
まずは、鼓動を落ち着かせるために一度深呼吸をして、少しだけ冷静になる。


「…ん、…けんやくん…?」

静かに身じろぎと深呼吸をしているつもりだったが、か細い声を出しながら千歳が目を覚ます。
眠たげに目を開き、そろそろと首に腕を回された。


「…っ、すまんなあ、起こして」
「…、…けんやくん、大丈夫、やけん泣かんで?」

ふにゃりと寝惚けながら笑ってくれる千歳。その言葉が、夢と同じで、夢の続きを見ているようで。伸ばされた腕を取り今度はしっかりと抱きしめる。
暖かい体温に、満足したのかまた眠りにつく千歳。まだ俺のことを好きでいてくれている、まだ目が見えている、夢とは違うその事実が幸せで。
千歳の温もりを感じながら声を殺して涙を流した。


( き っ と こ れ は 正 夢 )




謙ちとには幸せでいてほしいと無理矢理路線変更した結果がこれです。正夢だけど、それはすぐかもしれないし、すぐじゃないかもしれないし、結局いつなのかわからずいつまでも別れを怯える謙也のお話です。よくわかんないですね、すみません。
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