ばくばくと心臓が音高鳴っているのがわかる。数分前の陽気な自分に戻りたいような、戻りたくないような、なんとも言えない状況で、扉越しの千歳の声に聞き耳をたてる。
こんな状況になったのも遡ること十分程前の話だ。
千歳が家に遊びに来ることになり、コンビニに寄り道しながら一緒に帰宅した。
部屋に戻って早業で着替えを済まし、千歳とイチャイチャする予定だ。
部屋に戻るところまでは予定通りだったがここで、予想外な出来事が起こった。


(…ゴム買い忘れた…!!)


そういえばこの間千歳が泊まりに来たときに最後の一個を使ったのだ。学校にいるときに思いだし、その為にコンビニに寄ったのに新商品のお菓子の話や、好きなマンガの話をしていてすっかり忘れてしまった。
別に今日は千歳になにもしなければいい話なのだが、如何せん俺たちは思春期だ。好きな子が近くにいて、尚且つ泊まりだ。こんな美味しいときを逃すわけにはいかないだろう。よし、買いにいこう。

「…あー!大事なもん買い忘れたわ。ちょおもっぺん行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」


即断して、ケツポッケに財布と携帯だけ入れて扉を開ける。
千歳は最早定位置となっているベッドと机の間に座り、先程買った雑誌に目を通している。手だけ振って送り出された。せめてこっちを向いてくれたっていいじゃないか!と、思いながらもそんなことは言えないのでそっと部屋の扉を閉めた。


「…浪速のスピードスターの力見せてやりまっせ…!」

靴ヒモをしっかりと結んで、駆け出す。
目指すは先程行ったコンビニだ。徒歩で行けば往復十五分ぐらいだろう。
ダッシュで駈けて行き、お店が小さく見えたところでラストスパートをかける。

自動ドアが開く少しの時間も惜しくて、足踏みしながら入店し、コンドーム一箱だけ手に取りレジへ向かう。
コンドームだけ買うなんて恥ずかしいが、今はそれどころではない。可愛い店員さんに冷たい目で見られたって、これで千歳と出来ることを考えれば屁でもない。
店員さんのひきつった笑顔と、冷たい有難う御座いましたの声を背に受けながら、急いで帰路に着く。


「っはあ、はっ、た、だいま…!」

玄関の扉を勢いよく開け、帰宅の言葉を発する。家族はいないらしく、誰からもその答えは返ってこなかった。
千歳からも返ってこなく少々落ち込んだが、きっと雑誌に集中して気付かなかっただけだろうと、無理矢理理由を付けて納得することにした。
それと同時に悪戯心が浮かび突然帰ってきて驚かしてやろうと思い付きそろそろと廊下を歩く。
階段を慎重に上り、どんな反応を示してくれるかうきうきしながら考えていると、部屋から小さく声が聞こえた。
電話でもしているのかと思ったが千歳は機械音痴だ。そもそも今日携帯を持っている可能性のが低い。
では、何をしているんだ?と、好奇心がむくむく沸き起こり心の中で千歳に、ごめん、と謝罪をしていけないとはわかってるが扉に近寄り耳を澄ます。
そして、冒頭に戻るわけだ。


「それにしてもスピーディーちゃんは美人さんやね」


(……は?)


聞き耳を立てた事によってぼそぼそとしていた声がはっきり聞こえたが意味がわからず時が止まる。
電話をしてるわけでもなく、スピーディーちゃんに話し掛けてるとはどういうことだろう。
なんでやねん!と間違いなくユウジならツッコミを入れていただろう。正直俺も入れたかった。我慢できたのは凄いと思う。
ごくりと唾を飲み込んで再度耳を澄ます。



「スピーディーちゃん、ちょっち俺の話聞いてほしいたい」

「昨日ね、謙也くんに、ちゅーされたと。ちゅーした後の謙也くんの顔がむぞかったばい」

「後ね、部活中の謙也くんはカッコよかよ。スピーディーちゃんにも見せたかねー」

「他にもあるとよ?光くんにも白石にもみんなに慕われるくらい人気者やけん俺には勿体なか」

「…ばってん、俺は謙也くんのこと好いとうけん、嫌われない様に頑張るたい。」

「スピーディーちゃんも応援してくれたら百人力やね。…それにしても謙也くん遅かねぇ」


足音が聞こえて、千歳が扉に向かってくる気配がする。動かなければ、頭ではわかっているのだが身体が動かない。

千歳はスピーディーちゃんに向かってなんと言っていただろうか?
これは、もしかしなくとも、世間一般で言う"惚気"だろうか。
何故人に言わずにスピーディーちゃんに?
そもそも、俺が千歳に振られることがあっても、俺から振ることは絶対にない。それに、キスした後可愛い顔をしていたのは千歳の方だ。愛らしい笑顔を浮かべて、「幸せやね」と呟いていた千歳の顔は可愛かったし、凄く綺麗だった。
そして、"勿体ない"など論外だ。こんなにもへたれと言われて、良いところで失敗してしまうカッコ悪い俺を好きでいてくれる、可愛くて、カッコいい千歳のが俺には勿体ない。

千歳が言っていた事にツッコミを入れながら、聞いてしまった本音に顔が赤くなるのがわかる。きっと耳まで真っ赤だろう。
その時扉が開いて、驚いた顔した千歳としっかり目が合う。


「………」
「…………おかえり?」


どう言い訳しようか、何を言おうか、盗み聞きがバレてしまったこの状況で先程とは違った意味でドキドキする心臓を抑えながら考えていると、驚いていた顔がふにゃりと笑顔に変わり迎え入れてくれる。
その笑顔を見せられて、言い訳など出来る筈なく、立ち上がりぎゅっと千歳を抱きしめた。
手に持っていたコンビニの袋が廊下に落ちる軽い音を聞きながら、千歳を強く抱きしめる。
そろそろと後ろに回された腕を確認した後ゆっくり話し出す。


「…ただいま」
「……おかえり。…聞いとっと?」
「すまん、千歳。全部聞いたわ」
「盗み聞きはよくなかよ。…恥ずかしいけん、全部忘れてほしかぁ」


謝罪の言葉と共に顔をあげれば、眉を下げ、困った様に笑う千歳がいた。そんな千歳に触れるだけのキスをする。


「…俺は、千歳のことが好きや。好きで足りないくらい。愛しとる。やからそんなこと言わんで。…後、カッコ悪くてすまん。こんな俺のこと好きになってくれて有難う」


思ったことを全て伝えて、千歳の胸に顔を埋める。恥ずかしくて仕方がない。まともに千歳の顔を見ることが出来ない。


「…ありがとお、俺も、謙也くんのこと好いとうよ。やけん、付き合ってくれてありがとお。好きになってくれてありがとお」


お返しとばかりに、千歳から強く抱きしめられた。廊下で、お互い耳が真っ赤になりながら抱き合ってるなんて、端から見たら不思議な光景かもしれないが、俺たちにとってはお互いの気持ちが改めてわかった大事な一瞬だから、家族が帰ってくる少しの間だけ許してほしい。


( 有難う、と、ありがとお )




話が脱線し続けました。毎度恒例のオチが見つからない罠です。ずるずる延びすぎ!スピーディーちゃんにのろける千歳と、盗み聞きする謙也が書きたかっただけです、すみません。この後買ってきたゴムで一発です。
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