青天白日とはこの様な天気のことをいうのだろう。 昨日は梅雨を迎えじめじめとした空気が漂っていたが今日は雲ひとつない晴天、じめじめした空気などなくカラッとして汗ばむ程の陽気だ。 今いる場所は屋上のど真ん中。遮るものが何もないため暑くて仕方ない。日陰を求めて動きたいところだが、何故か繋がれている右手のせいで動けそうにない。 晴天に似合わない溜め息を吐きたいが、数日前彼女の前で、彼女のせいで自然と溢してしまった溜め息を何を思ったのか目の前で口を開けぱくりと飲み込んだのだ。最初は意味がわからず目が点になっていたのだが「謙也くんの溜め息食べてあげたと。幸せ減らんでよかったね」と、彼女が言ったのでようやく意味が理解できた。どうやら彼女は自分のせいで俺が溜め息を吐いてるんだと微塵も思っていないらしい。「はは、すまんなー」と棒読みで返したのは記憶に新しい。 だからここで溜め息を吐いてもきっと数日前の二の舞いだ。込み上げてくる溜め息を一生懸命気付かないフリをして、飲み込む。そして俺の右手を繋いでいる彼女、千歳さんは誰もいない屋上が御満悦なのか、ニコニコと楽しげに笑っている。たまには付き合わされてるこちらの身になってほしいものだ。 今日屋上に来たのは他でもない、昼食を食べに来たためだ。本当なら白石と教室で食べるつもりだったのに、二時間目の体育で姿を見掛けた切りだった千歳さんが、授業が終わってすぐ、チャイムが鳴ると同時に教室に戻ってきた。そして担当教師からの小言など聞いていないのか足早に俺の机の前にたち「謙也くんのためにお弁当作ってきたばい!」とにこりと笑いながら告げられたのである。その言葉に調子のいいやつらからヒューヒューと冷やかされ、「こっちの気も知らんでなんやねん」と口には出せないので苦虫を噛み締めたのだ。そんな俺の様子に気付いたのは前の席に座る白石だった。助け船を出してくれたのか千歳さんに何か耳打ちをして、その直後彼女は唐突に俺の手を取り屋上へ連れ出してくれたのだった。 そして今に至る訳だが、彼女は相変わらず何を考えているかわからない綺麗な顔をして鼻歌混じりにお弁当を広げている。好きだと言っていた蒲公英色のお弁当の袋から出てきた二段のお弁当箱。 女の子が一人で食べる量にしては多いが、二人で食べるには少ない。その疑問を素直に伝えれば「ウチはいらんばい、だけん謙也くんに食べてほしかぁ」とふにゃりと可憐に笑うものだから、本当は自分の分のつもりだったが朝の内にコンビニで買ってきた焼きそばパンとあんパンを彼女へと渡す。余り女の子の食事としては良く無いが食べないよりは断然ましだろう。手渡したパンを素直に受け取り、何故渡されたのかわからないと謂わんばかりに不思議そうな顔をしている彼女に「こーかんや」と言いながら彼女の手の中にあったお弁当を受けとる。 「…ふふ、嬉しかぁ…謙也くんから初めてもらったものやね」 「……そーやったっけ?まぁ、食わへんと身体に悪いからちゃんと食べや」 「もったいなかねぇ…」 なんの変哲もないどこにでも売っているパンを嬉しそうに見つめている彼女を尻目に、受け取ったお弁当を恐る恐る開く。どれだけ可笑しなもの…例えばお弁当箱なのにケーキが入っていたとしても、彼女が作ったものだからもう驚かないぞ、と心に決め手元へ視線を落とす。 「って、え…?」 ポロリと思わず声を洩らしてしまう。ケーキが入ってる訳でも可笑しなものが入ってる訳でもない。 持ち手が星の形をした串に刺さっているプチトマトに、チーズにこんがりと焼けたベーコンが巻いてあるベーコン巻きや、ポテトサラダに、ミートボール。綺麗に彩られているお弁当の一角にその絵に全く似合わない真っ黒な物。かろうじて黄色の部分があるから確信はないが多分卵焼きだろう。 焦げている卵焼きを除けば見た目はそこそこ。正直料理が出来ることが意外だった。 問題は二段目だ。まだ開けていないが上がおかずということは下はご飯だろう。お弁当箱一面にご飯がついであって、真ん中にぽつんと梅干しが乗っているのを想像していたが開けてみて驚いた。混ぜご飯にナポリタン。予想していた梅干しは見当たらなかった。 結局どちらも予想していたものと違い、見た目は至って普通のもので拍子抜けした。 しかし味はまだわからない。見た目はそこそこでも恐ろしい味付けだってありえる。 「…、いただきます…!」 ごくり、と生唾を飲み込み箸をつける。まずは混ぜご飯から。 きゅうりと鮭が混ざったご飯は程好いしょっぱさとさっぱりとした味で自然と箸が進む。味付けには全く問題ない。 それからナポリタン、ミートボールと箸をつけていき最後に残ったのは卵焼き。卵焼きを除く他のものは美味しかった。だから、卵焼きも多少焦げているくらいだろうと、高をくくって一口で食べれば今までとは違う甘くてしょっぱくて辛い、不思議な味付け。まさかこんなところに伏兵が潜んでいたなんて。 急いで手近にある飲み物に口をつけ卵焼きを飲み込む。 甘いイチゴミルクは卵焼きには全く合わないが文句など言ってられないほど衝撃的な味だった。 「あ、謙也くん。……間接ちゅーやね」 俺が弁当に箸をつけても感想を求めるでもなく、マイペースにあんパンを食していた千歳さんが食べる手を止めて話し掛けてくる。 彼女の言葉に思い返してみれば自分が持ってきた飲み物はペットボトルのお茶で、イチゴミルクなんて可愛いものではなかった。 俺の飲み物は?と周囲を見渡せば焦った時に倒したのかコロコロと後ろに転がっていた。蓋を開けたまま置いておかなくてよかったと心底思う。 それよりか、だ。うっかり事故とはいえ千歳さんと間接ちゅーをしてしまった訳だ。 普段なら別に気にしないのだこうも改めて言われると恥ずかしくなる。しかし恥ずかしがっているのは俺だけなのか千歳さんに気にした様子は見られなかった。 「おお…すまんなぁ。ちゅーかこの卵焼きなんなん?」 はいっと手渡したイチゴミルクを一口飲んだ後眉を下げ、ははっと照れた様に笑いながら「卵焼きだけは昔から苦手ったい」と言い、ストローをかじる千歳さん。そんなちょっとした仕草にきゅんとしてるなんて、大分俺も電波に毒されたみたいだ。 口内に広がるイチゴミルクの甘ったる味をお茶で流し込む。そして、食べ終わったお弁当箱を片付けながら「そう言えば」と切り出せば未だのんびりとあんパンをかじる千歳さんと視線があった。 「なぁ、テニスやってたん?何でこっちでテニスやらへんの?上手いって聞いたんやけど」 矢継ぎ早に質問すれば長いまつ毛で縁取られた瞳がゆっくりと伏せられ、次に開いたときは寂しそうに、何かを思い出しているのだろうか、遠くをいとおしげに見つめているものだった。初めて見る、寧ろ彼女がそんな表情をするなんて思ってもみなくて内心狼狽してしまう。顔にも出ていると思う。 だって彼女は電波でいつも突拍子の無いことを言うだけだと思っていたから。 そんな俺に気付いていないのか最後の一欠片のあんパンを飲み込み、かじったせいで歪な形になったストローでイチゴミルクを飲み干した。そして、ふうっと一息付くと先ほどの表情など微塵も感じさせない、いつも通り、ニコッと笑う。 「…謙也くんにしか言わんけん、内緒にしちょってね。…あんね、ウチ、宇宙から来たと。だけん試合には出れんばい。だからマネージャーでよかと」 ね?っと同意を求められるよう首をかしげられて頷く他なかった。彼女はそう言うが俺はあの寂しげな瞳が忘れられそうにない。 今まで色々な表情を見せてくれて居たのに、初めて見た表情。それは俺に向けられたものではなく、遠い何かに向けて。 何故だかわからないけど、胸がズキンと傷んだ。 針でチクチクと刺されているような、小さくてずっと続く痛み。 何でこんな気持ちになるのか今の俺にはわからなかった。 だけど一つ言えることは、周りから聞くだけじゃなくて彼女自身から話を聞きたい。どんなに突拍子のない話しでも、少しでもいいから彼女の事を知りたい。そんな気持ちが胸の中に生まれた。 「…ホンマなん、それ?宇宙人ってことやろ?」 「あ、信じてなかね。ホントたい。ずーっと空の上から謙也くんを探してばい」 ふふふ、と笑う彼女はまだ開けていなかった焼きそばパンに手をかけてぱくりとかじりついた。 「せやったらあの辺なん?千歳さんの実家」 ゆるりと首を振り、俺が指差した方よりずっと上の方を指差す。広がるのは青い空のみ。星なんて見えやしない。それでも話を続けたのはもっと彼女を知るため。 「一人でこっち来て寂しないの?」 「謙也くんがおるたい寂しくなか」 「家族は?千歳さんが寂しくなくても向こうは寂しいんやない?」 「そぎゃんこつなかよ」 「んー…じゃあ友達とかは?」 その質問にぴたりと彼女の動きが止まった。そして色とりどりだった表情がセピア色に、また愁いを帯びた瞳の色になる。儚く、悲しみが含まれた瞳。 「遠くに、おるよ」 呟くように発せられたその言葉を俺が聞くと同時に、彼女は立ち上がり「ごちそうさま」と一声かけ、空になったお弁当箱を持ち颯爽と背を向ける。 行動が唐突なのはいつものことだが、今のやりとりの直後だから俺が失言してしまったのではないかと頭を過る。 しかし、背中を追うわけにも、かける言葉も浮かんで来ず遠くなっていく背中を見つめるだけ。その場に佇む俺に屋上の錆び付いた扉が開く音がした。行ってしまう、そう頭では思うのだが、追い掛けてどうする。彼女は俺にとって迷惑な存在でしかないじゃないか。これで冷めてくれたなら丁度いい、そう思うはずなのに、この言い知れぬ感情はなんだろう。 「…謙也くん、またお弁当作ってきてもよかと?」 そんな彼女に対する気持ちを頭の中で考えていると、扉に手をかけたままこちらに顔だけ向け小首を傾げながら問い掛けられた。愁いなど消し去った明るい瞳。遠くに居てもわかるくらいキラキラとした、愛らしい色。 「っ、…卵焼きもーちょっと上手になってな」 ひきつる喉から掠れ気味に出た声はどうにか彼女に届いたのか、はにかみながら「ありがとお」と聞こえその直後彼女は扉を閉めた。 俺はといえば、そのはにかんだ笑顔に魅了されて、真っ赤になった頬を抑えながらその場にへたりこむのだった。 ( あかん、可愛い、かもしれない ) ホントは謙也のお茶でも間接ちゅーするってのも入れたかったけど無理そうだから諦めた。今回で終わるはずだったのに続きましたね…。次でどうにか終わらせます。しかし無理矢理感たっぷりだな! 0309 |